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一つの石と二羽の鳥(2人30分)

作:久野那美

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長い長い道。
地平線を超えて。
この先はどこへ続いているのだろう?
そしてどこから続いてきたのだろう?

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広い空の下。
時折小鳥が上空を通り過ぎていく。
日を遮るものが何もない中、ぽつんと小さな屋根がある。
ひざのすり切れたズボンをはいた女がひとり、立っている。

歌を歌っている。

車が一台、通りかかる。

男 すいません・・・

女 (歌うのをやめて)あ。いらっしゃい。ガソリンですか?

  車の窓が開く。顔を出したのは、疲れきった顔をした男・・

男 あのここは?
女 見ての通り。給油所です。
男 なんでこんなとこに?
女 こんなところに、給油所があってよかったでしょう。
男 まあ・・。

女、手を出す。

男 ああ(ポケットからコインを取り出し、女に渡す)
女 (ぷしゅーっ、どくどくどく。ガソリンを注ぎ込む。)
男 (あたりを見回して)こんなとこに給油所があるなんて。聞いてない・・
女 誰に?
男 ・・・・誰にも。
女 へえ。
男 何?
女 まあ特に宣伝もしてないし。
男 誰も知らないの?
女 (笑って)誰も知らないかどうかは私にはわかりません。
男 ・・・そうだけど・・・なぜ宣伝しないの?
女 どこに宣伝するの?
男 ・・・・
女 知りたい人が調べればいいじゃないですか。
男 ?
女 ここに給油所があるかどうか知りたい人が。
男 あるのかどうかわからないもののことをどうやって調べるんです?
女 へんなこと言いますね。給油所が必要なひとを探して宣伝するより、給油所が必要なひとが必要な給油所を探してチェックする方がずっと簡単だし早いし現実的じゃないですか。
男 えっと・・
女 途中でガスなくなったらどうするつもりだったんです?
男 あ・・
女 なんとかなると思ってたんでしょ。なんとかなるって、つまりこういうことでしょ
男 ・・・・
女 それとも、どうにもならない予定だったんですか?
男 なにそれ。
女 なんとかなってよかったじゃないですか。
男・・・・・

鳥の声が聞こえる

男 客・・・・・・・・・来るのここ?
女 (男の顔をまじまじと見る)
男 いや・・・よく、くるの?
女 よくは、来ないかな。そもそもここを通る人がいないので。
男 ほら、
女 もう誰も通らないのかと思うこともあるし。
男 (来た方向と逆のほうを指さして)あっちからも?誰も来ない?
女 あっちからもそっちからも。
男 ・・・・
女 でも、また誰か来るかもしれないと思うこともある。
男 ・・・あ、
女 お客さん、あっちの国のひと?
男 いや、
女 じゃあそっち?国へ帰るのね。
男 君は、どっちの国から?
女 わすれちゃった・・・
男 え。
女 何ですか。
男 帰らないの?
女 (笑う)どっちに?
男 いや・・
女 ここにいたら何も聞こえてこないの。
男 何も?
女 どっちからも。何も。
男 だからここにいるの?
女 (無視する)聞こえてこないのはお互いさまだけど。
男 君がここに居ることは、誰も知らないの?
女 (笑って)誰も知らないかどうかは私にはわかりません。
男 いや・・・ これからずっとここにいるの?
女 先のことはわからない。飽きたらほかへ行くかも。思い出したら帰るかも。
男 思い出したら、帰るの?
女 さあ。
男 思いだすといいね。
女 どうして?
男 帰るところがあれば、帰ることも帰らないこともできる。
女 帰ることと帰らないことしかできなくなるの?
男 そんな風に言わなくても
女 ふたつしかない選択肢から選ぶのは嫌なんです。
男 ・・・・・・・。

男 ここから、あとどれくらい?
女 ここまで来たのと同じだけ。ここがちょうど真ん中だから。
男 そうなんだ・・・。じゃあ、全然足りなかったな。万全だと思ったのに・・。

 女、笑っている

女 道の長さがわからないのに、どうしてガソリンの量がわかるの?
男 入るだけ全部入れてきたんだよ。
女 それのどこが万全?
男 ・・・まあ、
女 (タイヤを見て)あらこっちも。けっこう来てますね、
男 ああ・・・。
女 替えは?
男 いや。
女 (ぼそっと)どうしてそんなに準備が悪いかな。
男 え!?
女 本気で帰ろうと思えば、実は帰れるのよ。
男 どういう意味?
女 覚悟というのは気合じゃなくて準備のことなのです。
男 なんの話?
女 旅の心得の話。
男 君は、
女 交換しますか?
男 何を?!
女 タイヤを。
男 そんなことできるの?
女 そんなことするための店なので。
男 ・・・・
女 どうする?
男 (ポケットから紙幣を出して女に渡す)
女 いいの?
男 は?
女 ほんとに、いいのですか?
男 ・・早くしてもらえますか?
女 急いでるの?
男 早く。
女 は~い。

女はタイヤを出してきて交換を始める。
男は車から降りてくる・・・・

女は歌いながら、てきぱきと作業をしている。

鳥がさえずっている。

しばらく。

男は歌をきいている。
女の顔を見ている・・・

女 なんですか?
男 いい歌だね。
女 そう?
男 さっきも歌ってたね。
女 そう?
男 歌が好きなの?
女 今は。
男 今は?前は?
女 前は、好きなのかどうかわからなかった。かも。
男 ん?
女 歌うことしかできなかったから。
男 ん?
女 わたしは歌うことしかできなかった。
男 ?
女 いつも歌ってた。何があっても歌ってた。何があっても歌おうと思ってた。歌うことだけしようと思ってた。
男 なんのために?
女 闘ってたのかな。
男 何と?
女 (無視する)
男 ・・・・・・歌にはそういう力があるんだね。
女 何も変わらなかった。
男 え?
女 何も変わらない中一生けん命歌ってると、強い敵と妥協せずに闘ってるような気がした。
男 ・・・・
女 妥協せずに闘った。
男 ・・・・勝ったの?
女 勝つためには勝つために必要なことをやらないと。
男 ・・・
女 ほんとうに勝ちたいなら。
男 ・・・
女 歌うことしかできない女が歌うってどういうことだかわかる?
男 え・・・どんな状況でも、自分にしかできないことを探して精一杯、やる?
女 いつもと同じってことよ。
男 ?
女 何があっても自分には関係ないってことよ。
男 ・・・・

女 ここにいると、歌ってるだけじゃできなかったこともできるし、歌うこともできる。えっと、あの・・・いっ…
男 一石二鳥?
女 そういう感じ。
男 (なにか考えている)
女 今は歌うのが好き。好きだから歌うんです。
男 ・・・・歌ってるだけではできなかったことって?
女 帰ったらなにをするの?
男 え・・・決めてない。
女 いいですね。
男 なぜ?
女 なぜ・・・?んー、なんとなく。

鳥の声がする。
男、空を見上げる。

男 ・・・一緒にいたのにどうして二羽ともやられたんだろう。
女 ん? 
男 一石二鳥って、一羽の鳥を狙って石を投げたのに二羽の鳥に命中して二羽とも打ち落として手に入れました・・・ていうことだよね。
女 そう・・・じゃない? 
男 一緒にいたのにどうして二羽とも落とされたんだろう?
女 一緒にいたから・・・じゃないの?
男 違う。
女 (なぜそんなにきっぱり??)何がおかしいの?一つの石でうまくすればふたつの鳥が手に入るって言うたとえ話でしょ?よくあることじゃないですか?
男 たとえられてるほうのことはよくあるかもしれないけど、たとえ話のほうは嘘っぽい。
女 どうして?
男 石はどういう順序で二羽の鳥に当たったんだろう?
女 そんなのいろいろあるんじゃない・・の?すごく大きな石が二羽の鳥に同時に当たったのかもしれないし、まず最初に一羽に当たって、その次にもう一羽に当たったのかもしれないし、
石に当たった鳥がもう一羽に当たったのかもしれないし・・・(言いながら想像するけれど・・・なんとなくしっくりこない)
男 ね。なんかしっくりこないと思わない?
女 ・・・・
男 一緒にいたなら一羽は逃げられたはずなんだ。
女 ?
男 生き物が一緒にいるのは生き延びるためだから。
女 ただ、一緒にいたかったのかもしれないじゃない。
男 心中ってこと?
女 そういうんじゃなくても。
男 それは美談なの?
女 ただ、単に。置いていけなかったのかもしれない。
男 だったら一緒に逃げるべきだった。一緒に落とされるんじゃなくて。
女 そんなこと言っても・・・・
男 一緒に落とされるくらいならひとりで逃げるべきだった。そもそも、同じ方向を向いて同じ格好で囀ってるべきじゃなかった。あるいは。
女 あるいは?
男 別のほうを向いてる鳥と一緒に歌ってるべきだった。
女 べきべきって、おかしくない?あなたには関係ないじゃない。
男 そうだね。
女 どうしてことわざの中の鳥の話をするの?あなたがその鳥を飼ってたの?
男 僕はその鳥を飼ってない。し、僕自身がその鳥でもない。
女 ・・・・
男 話さなくていいと思うよ。ことわざの中の鳥のことなんて。
女 ・・・ 
男 誰も。
女 ・・・・
男 その鳥がどうすればよかったのか。ことわざの外で誰が何を考えたってその鳥は助からない。
女 ・・・・
男 べきべきいったってその鳥は助からない。
女 ・・・・
男 二羽の鳥はそこで起きた事しかしらないし、そこで起きた事を話すこともない。
女 ・・・・
男 話しても二羽の鳥は助からないし、話してもそこで起きた事はそこで起きなかったことにはならない。
女 ・・・・
男 僕たちは今、そこで起きなかったかもしれないことを話してる。
女 ・・・・
男 助かったかもしれない一羽の鳥のことを話してる。
女 ・・・・
男 考えなくていいのかもしれないけど・・・
女 ・・・・
男 誰も・・。
女 ・・・・

女 誰がみてたんでしょう?
男 何を?
女 二羽の鳥が打ち落ちされるところ。
男 ・・・・・・
女 そして、なぜ私たちはそのことを知ってるんでしょう?

女 そうか。
男 何?
女 石を投げた人は、考えない。
男 何を?
女 そこで起きなかったかもしれないことを。
男 ・・・撃たれた鳥も考えない。
女 それどころじゃないからね。
男 たまたまその場にいなかったほかの鳥も考えない。
女 何が起きたか知らないからね。
… じゃ誰も考えないの?
男 誰も考えないかどうかは・・・、わからない。
女 誰かが考えたらどうなるの?
男 最悪の事態が避けられる・・・・かもしれない。
女 避けられる?一羽だけ逃げ延びるってこと?
男 ・・・
女 それだけ?
男 ひとつしかないと思ってた答が二つに分かれるなら、その先には無数の違った答えがあるかもしれない。
女 ことわざの中に?
男 それじゃことわざにならないから、ことわざの中ではないな。
女 じゃ、ことわざの外に?
男 ことわざの外に。ことわざの後に?ことわざの先に?

鳥の声
それ以外は、なにも聞こえない。

しばらく。

女 おわったけど。
男 え。
女 完了。
男 あ・・・。
女 古いのは処分していいですか?
男 うん。ありがとう。
女 どこまでも行けるわけじゃないけど、ここまでと同じだけは行けるはず。
男 うん・・・・おかげさまで。
女 道に迷ったり事故が起きたりしなければね。
男 ああ・・
女 その時は別の給油所を探すのよ。
男 こんな所がほかにもあるの?・・この先に給油所があるなんて聞いてないよ。
女 誰に?
男 誰にも。
女 へえ。(それがなんの判断材料になるんだ?)

男 あのさ、
女 何?
男 乗っていかない?
女 は?
男 あっちの国へ向かう車だけど。
女 つまり私はあっちの国へ行くの?
男 そういうことになるけど、いや?
女 なぜ?なんのために?
男 行ってから考えればいいじゃない。
女 ・・・・・?
男 行ってみたら、実は帰ってきたのかもしれないし。
女 なにそれ?
男 いや?

  女 なにか考えている

女 給油所によるたびに店員を乗せてたんじゃ車が何台あっても足りないんじゃないかと・・・。
男 いやまさか。
女 みんな乗るっていったらどうするの?
男 えっと
女 みんな乗せるの?
男 まさか・・・
女 それに、ここはどうするの?
男 いや・・・・
女 私は別にここであなたを待ってたわけじゃないんですけど。
男 あー
女 誰かがまたすぐガソリンを入れにくるかもしれないんですけど。

女はさっさと後片付けを始めている

男 もう歌わないの?
女 なぜ?
男 なんとなく。
女 歌いますよ。ご心配なく。
男 あ・・・
女 あなたが今日ここでガソリンを入れたことはあなたにとっては特別な出来事だったかもしれないけど、私にとってはすごくふつうのことなんです。 
男 あ・・
女 ここはそういう店なので。
男 ・・・はい
女 早くいけば。
男 え?
女 急いでるんでしょ?
男 いや・・・

 女は店の中に入ってしまう。
 男は仕方なく、エンジンをふかす。
 大きな音がする。

道の傍に小さな小さな墓がある。
土を盛って割り箸を突き刺したような。
誰も気づかないかもしれないけれど、小さな墓がある。
ひとつではなく。ふたつでもなく。あたり一面に、数え切れないたくさんの墓がある。
誰も気づかないかもしれないし、気づいても気にしないかもしれない。そもそもそれを墓だと思わないかもしれない。
だからそれは墓ではなくもっと別の何かかもしれない。
積み上げられたたくさんの、靴。あるいは使い古したタイヤの山・・・・

そう思ってあたりを見れば、積みあがった山をかき分けるように一本の道が通っている。
今、できたばかりの、一本の道が、遠くまで続いている
その道のことを知っているのは誰だろう。

歌が、聞こえてくる・・・・・・。
誰かが、また、その歌を聞くだろうか。

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