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変化していく「ハレの日」のデパート

デパートという特別感のある場所

毎週木曜日、私はチューターとして、ゼミ(法政大学長岡研究室)のお手伝いをしている。そのゼミの一環として、今回はデパートにフィールドワークに行くことになった。長岡ゼミのフィールドワークは街の中で「新しい何か」を探し、「発見型のモノの見方」について学んでいくというものである。

長岡ゼミは街を歩きます。本郷、早稲田、銀座、日本橋、大阪梅田、名古屋栄など。フィールドワークを行い、街の中で「新しい何か」を探します。

ただし、「新しい何か」が特別珍しいモノや有名なモノである必要はありません。普段見慣れているモノを、別の視点から「観る」ことで、今まで気づかなった点が見えてきます。

フィールドワークを通じて学んでいくのは、「発見型のモノの見方」です。それが創造力を高める基礎となります。
長岡研究室HPより)

この日は元々違う場所にフィールドワークに行く予定だったが、天候の関係で急遽、日本橋三越に変更になった。日本橋三越は4年前にもフィールドワークに行ったことがある。重厚感のある大広間は大理石がたくさん敷き詰められ、売り物についている値札は普段買い物するときと一桁違う。簡単には手が出せないけどワクワクする、そんな「特別感」のある場所だと思った記憶がある。

以前のイメージとの違和感

今回のフィールドワークでは、私もゼミ生に混じって参加した。私は日本橋三越という「特別」な場所に行けると思い、着ていた服を全部脱ぎ、一からコーディネイトをし直すくらい服装にも気合が入った。さながら、レジャーランドに行くようである。

だが、三越に入ったとき、ワクワクとは裏腹に少し違和感を感じた。白い壁、明るい照明。「あれ、こんなに明るかったっけ‥?」自分の記憶違いかと思い、その違和感を流した。

そして、自分の記憶を頼りに、日本橋三越のシンボルとも言える「天女(まごころ)像」のある大広間に行ってみた。そこには以前と変わらず、大きくて存在感のある像が君臨していた。大広間でゼミ生と像や天井の装飾を観察していると、1人のスタッフの方が声をかけてくださった。日本橋三越の建物が完成後80年以上経過したということ、また重要文化財に指定されたことで、建物の案内をしているということだった。

*ゼミ生が撮影した「天女(まごころ)像」

「明るくて居心地の良い」日本橋三越

そのままスタッフの方から、化石があることやパイプオルガンがあること、天女像の裏側などを紹介してもらった。そのときに、大広間の周りの照明の話になった。スタッフの方によると、大広間の周りの販売スペースのデザインは2年前から隈研吾さんが考えたものに変わったそうだ。三越に入ったときの自分の違和感は間違っていなかったのだ。

*現在の日本橋三越の大広間周りの販売スペース。白い照明で天井も高く感じられる。

「だから、明るくなったんですね」と私が言うと、お客さんからは賛否両論あるんですけどねとスタッフの方は返した。確かに、私も以前の「特別感のある」三越のイメージで来てしまったが故に、少し寂しく感じた。少し近寄りがたい、高級感のある感じにワクワクしていたからだ。「私は以前にも来たことがあったので、少し寂しいです」と思ったことをそのまま話すと、「私も前のデザイン好きだったんです」とスタッフの方も共感してくださった。

*2016年時の日本橋三越の大広間周りの販売スペース。他の階と同じようにオレンジがかった照明。高級感のある装飾品用のショーケース。こちらも当時のゼミ生が撮影。

そのほかにも、日本橋三越は前に来たときと変わったところがあった。
その一つが、屋上だ。以前来た時は殺風景で、ザ・ビルの屋上という感じだった。奥にはちょっとした神社や植物のスペースがあったが、それ以外はただ広いだけの広場だった。

*2016年時の屋上。下に敷き詰められたタイルがずっと続いている。

今回行った時は全く印象の異なるものになっていた。雑誌のOggiとコラボしており、屋上なのに芝生があったり、ハンモックがあったり。中央エリアには屋根がつき、水辺があり、お洒落な椅子や机が置いてあった。とても居心地がよく、長岡ゼミおなじみの南池袋公園に近いように感じた。

*現在の屋上。人がくつろげるようなスペースになっている。

「非日常・ハレの日」から「日常・ケの日」へ

こうして、私は2回目の日本橋三越で、前回とは全く違う印象を持った。
前回は暗い店内、学生の自分には簡単には手を出せないような価格帯のもの、美術館のような展示といったことから「非日常感」を感じた。今回は照明の明るさ、緑の屋上、フードコートといったことから「日常の親しみやすさ」を感じた。

この話を長岡先生にすると、「確かに、ハレの日を感じるような場所は少なくなっているのかもしれないね」とコメントをもらった。ハレの日は非日常で、緊張でドキドキして、でもワクワクするものだと私は思っている。少し背伸びをしている、小さな子どもが大人の仲間入りをさせてもらったような、緊張するけど嬉しいという感覚。私はこの感覚が好きだ。

一方で、その緊張感から疎外感や居心地の悪さを感じ、苦手だと思う人もいるのだろう。実際、ゼミ生のツイートやFacebookの投稿も、普段買い物をする場所に似ている催事場や屋上のフードコートに落ち着いた、普段とかけ離れた世界になぜかテンションが下がってしまった、といった前回にはあまり見られなかった「デパートの居心地の悪さ」や「親しみのある場所があると嬉しい」というような感想がみられた。ゼミ生の発信に変化があるように、世の中から少しずつハレの日を感じる場所が減っているのかもしれないと思うと、少し寂しく思う。

おまけ

天女像に毎朝開店前にお辞儀をする年配のスタッフさんがいらっしゃるということを聞いた。その様子を見たスタッフさんは、きっと昔は朝礼があったんだろうなということ、そしてその朝礼がなくなった後も年配のスタッフさんが毎朝お辞儀をすることに「すごいな」というくらいで、自分にはまだわからないなと当時思っていたことを教えてくれた。

だが、天女像は三越の基本理念である「まごころ」のシンボルとなっていること、そしてそれを自分も大切に思うようになったという話を続けてくれた。「まごころのシンボルを見て、日本橋の三越は特別だなと思う」と楽しそうに話すスタッフさんは、ここで働いているということに誇りを持っているのだなと感じた。

#デパート #百貨店 #ハレの日 #フィールドワーク #昭和 #令和  

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