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理不尽を受け入れるのがスポーツマンシップなのか?

スキージャンプ女子、高梨沙羅選手が悲痛なインスタを投稿している。

今回、私の男女混合団体戦での失格で
日本チーム皆んなのメダルのチャンスを奪ってしまったこと、そして、今までチームを応援してくださった皆様、そこに携わり支えて下さった皆様を深く失望させる結果となってしまった事、誠に申し訳ありませんでした。
私の失格のせいで皆んなの人生を変えてしまったことは変わりようのない事実です。
謝ってもメダルは返ってくることはなく
責任が取れるとも思っておりませんが
今後の私の競技に関しては考える必要があります。
それ程大変なことをしてしまった事深く反省しております。

そして、私のせいでメダルを取れなかったにも関わらず、最後の最後まで支え続けてくれた有希さん、幸椰さん、陵侑、そして日本チームのメンバーの皆さま、スタッフの皆さまには感謝してもしてきません。
こんな私を受け入れてくれて本当にありがとうございました。
この度は本当に申し訳ありませんでした。

高梨沙羅選手 インスタグラムより

ジャンプの失敗ならともかく(それでもここまで自分を追い詰めることはないと思うが)不可解な失格判定に際して、ひたすら自分を責める高梨選手。

しかし、これを美徳と考えていいかどうか。

自分の不本意な成績を他人のせいにしないのはいい。しかし、納得のいかない判定を黙って受け入れるのが美しい姿と言えるのだろうか。それがスポーツマンシップなのだろうか。

今回の判定は「いつもと測定方法が違った」という。急に運用方法が変わって自分が不利益を被って、なぜ、その場ですぐに抗議しなかったか。何なら、2回目のジャンプなどボイコットしてもよさそうなものだ。

自分に非があったり、フェアに戦った末に負けたりしたのなら、素直に結果を受け入れたらいい。しかし、どうしても納得いかない、理不尽なことなら、はっきりと指摘し抗議してこそ「正々堂々」の態度ではないか。

これまでなら、まあよかろう。
何事も他人のせいにすることなく、ひたすら自分を磨くのもよかった。

が、今は違う。スポーツに限らず、世界と戦っていかねばならない。相手は理不尽な要求を突き付けてくる。何でも受けれいていては、自分のみならずチームメイトまで不利益となる。

相手が間違っているなら「はっきりと抗議する」ことこそ、今後スポーツを通じて体得すべき態度であるべきだ。


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