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【小説】「straight」072

「おいおいもう10時回ったで、ホンマに大丈夫なんか」

 時計を見て真深が焦りだした、その時、
「お待たせしたな」
 背後から聞こえた声に、全員が振り返った。

「遅かっ……」
 続きの言葉が喉まで出かかった光璃は、途中で飲み込んだ。
 そこには、いかにも日曜のお父さんという感じの中年男性が立っていた。
 右脇には、大きな魔法瓶みたいなものを抱えている。

「おっさん、あんた誰や?」
 用心深く身構えた真深が、彼に声を掛けた。
「お、おっさん……」
 初対面でいきなりおっさん呼ばわりされた彼は少し怯んだが、気を取り直して大きく咳払いをした。
「コーチもコーチなら、教え子も教え子だな」
 ふんと鼻息を鳴らして、言葉を続ける。
「わたしは、澤内悠生の上司だ」
「上司ぃ?」
「疑うのか? ホレ」
 それならばと、課長は彼女達の目前に名刺を突きつけた。

「……営業さん? へんな名字やなぁ」
「ほっとけ!」
 思わず突っ込んだ真深にくわっと噛みつきながら、本名「営業努(えいぎょうつとむ)」課長は、本来の目的を告げた。
「澤内は、ここには来んよ」
「え」
「駅改札口でマスコミ連中に捕まってな、とりあえず捲いたが、当分ここには近寄れまい」
「……そうですか」
 光璃達の表情が曇った。

(ほう、なかなか信頼されてるじゃないか)

 彼女達の様子に感心した課長は、抱えていたサーバーをドンッと床に置いた。
「代わりに、これを預かってきた」

「何です、これ?」
 サーバーの周りに集まった彼女達。代表して柚香が聞いた。
「多分、スポーツドリンクだろう。君達の」
「スポーツドリンク?」

(おそらく、徹夜で作ったんだろうな)
 今朝、衰弱した表情で会社から出てきた悠生を見ている課長は、彼女達の反応を見守った。

(ドーピングの事は、この娘達ももう知っているだろう。さあ、どうする?)

 固唾を呑んで見守る彼の前で、光璃はあっさりと蛇口を捻り、コップに注いだそれを一気に飲み干した。

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