見出し画像

【小説】「straight」092

『柚香、一番でタスキ持ってきてね』
『うん、任せておいて』
『勝とうね、絶対』

「よっしゃあ!」
 柚香は、カーブを曲がり切った所で、一気に速度を上げた。
 前方に、必死で逃げていく聖ハイロウズ第四区選手の姿が小さく見える。

(さすがハイロウズ、そう簡単には追いつかせてもらえないか)
 速度に乗ったまま、柚香はペロッと舌なめずりをした。

(でも、約束しちゃったもんね)
 彼女の脳裏に、いつぞやのミーティング風景が浮かんできた。


『澤内さーん、私の四区はどういう試合運びにすればいいんですか?』
 挙手をした柚香を見て、うーんと腕組みをした悠生は言った。
『レースを、支配することかな』
『支配、ですか?』
 柚香が、引っかかった言葉を聞きなおす。
『四区は、レースの終盤戦だ。各校順位の変動も激しくなる可能性がある。ここで大事なのが……』
『コースを知り、自分の走りを知ること』
 即答した彼女に頷きながら、悠生は自分の頭を指差した。
『それと、ココ』
『駆け、引き?』
『正解』
 悠生は首を巡らせ、部屋の隅で話を聞かず、ファッション雑誌を読んでいた真深に話しかけた。
『真深』
『んあ、何や?』
『もしお前がトップを走っていて、一番嫌なのはどんな事だ?』
 暫く考えた真深は、ポンと手を叩いた。
『そりゃあ、あれや。真後ろとかちょっと距離置いて、ぴたーっと引っつかれる事やな』
『それは何故?』
『何考えてんのか分からへんもん。お前抜かす気あんのか、ってな』
『うん、そう言う事だ』
 悠生は、満足そうに柚香の方に向き直った。
『トップを走る選手は、耐えがたいプレッシャーにいつも晒される。もう誰かを抜く事は無くても、誰かに抜かれる可能性はあるからだ。そんな時、こちらの意図が分からない走りをすれば……』
『焦って、隙が出来る』
『これが駆け引きさ。知ってるのと知らないのとでは全然違うだろう?』

 雑誌を閉じた真深は、自信たっぷりで言う。
『カレカレ、大丈夫やって。ウチらはぶっちぎりの優勝なんやから、ちゃっちい小細工は必要無いわな』
『ほう言ったな、じゃあ練習量倍に増やすぞ』
『あ、それは堪忍』
 また始まったいつものやりとりに、柚香は大笑いした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?