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【備忘録SS】それは「無用な」匹夫の勇。

「四条畷さん、今度食事でもどうかな?」
経営企画部との合同ミーティング終了後、四条畷紗季は経営企画部の西船橋タケルに声を掛けられた。


見た目も中身もチャラさ全開の彼だったが、紗季と2歳ほどしか違わない中で本社中枢部署のリーダーを任されているため、相応の能力を持っていることは伺えた。

「いいですね。是非みんなで行きましょうか」
作り笑いを浮かべて、紗季は言葉を返していく。
初対面で手を握られて口説かれて以来、このやりとりは数十回を超えている。
「ボクとしては、貴女と2人で親交を深めたいのだけれどなぁ」
「そう言って、西船橋さんは本社中の女性に声を掛けまくっているじゃないですか。私は一途な男性が好みなんですよ」
「いやいや、ボクは紗季さんに一途だよぉ」
「ハイハイさようなら」
ここまでがテンプレートのやりとりである。

肩を落としたタケルの襟を、彼の上司が引っ張っていく。
「なかなかしつこいですねー」
会議に同席していた市川春香が、ひょこっと顔を出して言った。
「ああいうタイプは、女性をアクセサリーと思っている感じですね。1回ご飯行けば『クリア』と言って、満足しそうですけど」
「私はスタンプラリーのチェックポイントか」
「まあ、その時はハジメ君がキッチリ護衛に付きそうですけどね」
同じ部署にいる本八幡ハジメは、ある事がキッカケとなり、紗季を心酔している。
春香を含めてチームの雰囲気が良くなってきただけに、業務上何かと連携している経営企画部とは、不要な揉め事を起こしたくなかった。


(……少し、動いてみますか)


そして、数日後。
「紗季さん、ようやくボクの誘いを受けてくれて嬉しいよ」
「はぁ……まぁ」
「ランチと言うのが残念だけれどね。しかもファミレスとは」
「はぁ?ファミレス舐めんなよコラ!」
「え⁈」
「……さて、頼みましょうか」
何事も無かったように、メニューを開く紗季。
タケルも、バチ切れバージョンの彼女を敢えて見なかったことにしたようだ。
店員呼び出しボタンを押して、ひと通りの注文を終えた2人は、暫く何とも言えない無言の時を過ごした。


ややあって、はぁと溜め息を吐いた紗季が口を開く。
「……やっぱりそうね」
「え?」
「西船橋さん、本当は女性が苦手なんでしょ?」
「いや、そんなことは……」
「大丈夫よ、調べはちゃんと付いているから」
自分のスマホ画面を指して、紗季は穏やかに言った。
「昔、女性関係で苦労したから、遠ざけるため逆にチャラ男を演じていたのね」

これまでタケルに言い寄られた女性のグループL●NE(何それ怖っ 汗)には、いざ誘いに応じた途端寡黙で優しい男性に変わってしまう彼のエピソードが積み上がっていた。
「彼女達には、チャラい噂だけを流して欲しいとお願いしていたんだけどなぁ」
「あら、みんな貴方のことが心配だったのよ」
残念そうな表情を浮かべたタケルに、紗季は言葉を掛ける。
「聞きましたよ。本気で向き合いたい相手がいるって」
その瞬間、彼の顔がボッと赤く染まった。

(えっ、なにこのヒト、めちゃくちゃピュアかよ)
モジモジし始めた元チャラ男の姿が可笑しくて、紗季はふふふと笑った。
「あ、その感じ」
「え?」
「笑ったときの表情が、彼女と良く似ているんだ」
今日一番の自然で優しい笑顔を浮かべたタケルは、言葉を続けた。
「四条畷さんには申し訳なかったです。ついついボクが恋焦がれている女性の面影を重ね合わせてしまって……」
「ううん、全然構いませんよ」
彼の殊勝な態度を見ていると、紗季は俄然この恋を応援したくなった。
「その憧れの人はどこの方なのですか?社内……取引先……もしかして学生時代からの?」
「いえ、彼女は『画面の向こう側』にいます」
「……え?」
ぴきっと固まった紗季に構う事なく、タケルは自分のスマホを取り出して、画面を見せてきた。


「紹介しますね。ボク最愛のバーチャル配信者……【mikazu】さんです❤️」

スマホ画面の中で、ニッコリ笑ってピースサインを決めている3Dモデルの女性バーチャル配信者を、タケルはうっとりとした表情で眺めている。
紗季は、到着したランチセットを秒速でかき込むと、自分のお代をテーブルに置き、無言のままその場を立ち去ったのだった。


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