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【小説】「straight」102

 縁石に軽く跳ね返ったそれは、絶妙なタイミングで転がって、走り込んで来た光璃の足元へと向かう。

 その瞬間、沿道から飛び出した一人の男が、転がってきた缶をぐしゃっと踏みつぶした。

 慣性で前に行きそうな身体の勢いを殺し、くるっと彼女に背を向ける。

 一瞬、そちらを向いた光璃だったが、何でもないと判断したらしく、再び前を向いて走りを続けた。


 驚いたのが、増沢。
「何っ?!」
 渾身のタイミングで放った空き缶爆弾を止められた彼は、愕然とした。

 潰れた缶を拾った男が、鋭い目つきで近付いてくる。
 その瞳に、自分の身の危険を感じた増沢は、咄嗟に身を翻そうとした。
 だが、時既に遅く、いつの間にか彼の周りを数人の男が取り囲んでいた。



「何だね、君達は?」
 男達に包囲された増沢は、務めて冷静に振る舞おうとした。
「私に、何の用だ」
「これに、見覚えがあるだろう」
 沿道に貼られたロープをくぐった豊田順二は、怒りで顔を真っ赤にしながら、空き缶を突きつけた。
「貴様は今、意図的に選手の足元にこれを転がした。俺が飛び出していなければ、大変な事になっていただろう」
(それを期待していたのに、余計な事を)
 内心そう思った増沢は、哀れな声を出した。
「そんな、誤解ですよぉ……たまたま手が滑って転がってしまったんです」
「嘘を言うなっ!」
「ひっ!」
 豊田に一喝され、増沢は手近に居た男性の腕を掴んだ。

 温和そうな彼の顔を見て、必死に哀願する。
「助けてください、この男が変な言いがかりを付けて来るんです」
「そうですか」
 初老の男性は、静かな口調で言った。
「でも、わたしはあなたを助けられそうにありませんなぁ」
 そう言って、胸ポケットをゆっくりとまさぐる。
 そこから出てきたものを見て、増沢は全身の血の気がさーっと引くのを感じた。
「あなたに、逮捕状が出ています」
 警察手帳を出した男性は、増沢の腕をむんずと掴んだ。
「インサイダー取引及び、『STRAIGHT』ドーピング事件に関する裏工作の疑いだ。モカコーラ専務取締役、『松澤武彦(まつざわたけひこ)』署まで同行ください」
「それに、傷害未遂の現行犯と6年前の傷害事件を追加だっ!」
 豊田は、ほとんど殴り掛からんばかりの勢いで怒鳴った。
「貴様のせいで、ユウはなあっ!」

 私服警官に囲まれて、今度こそ観念した松澤は、がっくりと肩を落とした。

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