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【小説】「twenty all」229

「ありがとうございました!」
 1台の中型トラックが走り去るのを見送った空良は、深々と頭を下げた。


 隣に立っていた池谷が、感無量といった表情を浮かべる。
「とうとう、やっちまったな」
「・・・ええ」


 彼等の目前には、たった今完成したばかりの新しい「弓道場」が建っていた。


 外壁が白基調に統一された道場の中からは、新築の木の匂いが漂って来る。

 また、矢道の手前3分の1程度まで敷き詰められた玉砂利が、一定の風格を醸し出していた。


「会長、この度は本当に有難うございました」
 空良は、率直な気持ちを池谷に伝えた。

 池谷は軽く溜息を付いて、口を開いた。
「大変だったぜ、あの石頭の校長に『インターハイ本戦、個人準優勝』が、いかに凄い事なのかを説き伏せるのにな」

 ひと仕事終えた職人の様に、彼はさっぱりした顔をして言った。

「本当に、すみません」
「いや、まあ俺もこれで、ようやく肩の荷が下りたよ」
 真剣な眼差しで、空良を見る。
「安心して、お前に後を任せられるな」

「あ、その話はまた今度」
「おっ、ズルいぞ!」
 二人は、顔を合わせて笑った。


「ところで」
 池谷が、思い出した様に尋ねる。
「道場の名前、決めたんだって?」

「ええ、色々と迷いましたが、最初に思い付いていたものに決めました」
 空良は、道場の脇に立て掛けてあった、木製の看板を裏返した。

「・・・香里、館?」

「はい、こうりかん。あの人が、生きた証です」
 そう言って、空良はそっと左手を見つめる。


(射詰め競射での、最後の1本)
(勝つ事が出来たのは、きっと彼女のお陰・・・)


「河上が『何で逆立ちさせるのよォ!』って、天国から文句を言って来そうだな」
「ええ、そうですね」
 おどけた様な池谷の口調に、空良は軽く微笑んだ。


 そんな彼の気持ちを察してか、池谷はそれ以上、何も言わなかった。

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