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【小説】「straight」054

「今日はスパート練習やるぞぉ」
 河川敷までのランニングの後、ラジカセを片手にした悠生がみんなを集めた。

「それはええけど、何でラジカセなん?」
 不思議そうに、それを眺める真深。
「ま、やれば分かるって、ささ並んだ並んだ」
 言われるがまま河川敷に一列に並ばされた5人は、幾分緊張気味に彼の指示を待った。

 満を持して、彼がラジカセのボタンを押す。
 すると、スピーカーから『タアン』というスタートの号砲が聞こえて来た。

「ホラ、みんな走って!」
「ええ?」
 驚きながらも、何とかスタートを切る5人。
 暫くして、並走する悠生が持ったスピーカーから野太い男の声が響いた。
『ダッシュ!』
「よし、飛ばせえっ!」
「何なのよォ!?」
 訳の分からないまま、5人は30分以上ラジカセの男の言葉に振り回された。

「これってどういう練習なんですか?」
 体中の汗を振り払って、光璃が問いかけた。

「最初に言ったろう?スパート練習だって」
 まだラジカセを握りしめている彼は、しれっと答える。
「競技中は、他校との駆け引きが勝負になる。その為に、いつ如何なる場合でもスパートがかけれる身体にしておく必要があるんだ」

「あの……」
 最初から何か引っかかっていた様子の月菜が、勇気を出して言った。
「それなら、澤内さんの声だけで、充分だったんじゃないですか?」
「え!?」
 悠生の動きが、ぴたと止まった。

「せやせや、そんなヘンテコなオッさん声使わんと、笛つこうても良かったやん」
 真深も、スポーツタオルを首から振り払って加勢する。

「言われてみれば……」
 ようやく事情を理解した悠生は、がくっと頭を下げ座り込んだ。

「じゃあ、昨日効果音集のCD買い込んで、今朝4時迄編集していた俺の立場は一体……」
「そんなん知らんわい!」

 真深にトドメを刺され、益々落ち込んでいる悠生を見て、5人は声を上げて笑った。

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