掌握小説『大嫌いな塩辛さとほろ苦いビターチョコ』


 「いらっしゃいませ!!」
 茶髪の長い髪の女の子が、元気よく声を出している。
 とても小さくて整った鼻と色白の肌はまるでおとぎ話にでも出てきそうな可愛さだ。
 入ってくる客もさぞかし気持ちがいいだろう。
 雰囲気は高校生だけど、おそらく髪を染めている時点で大学生の可能性が高い。
 そんな分析を朝からやっているくらいに僕の脳みそは暇を持て余していた。
 ここは高校の近くにあるコンビニである。このコンビニで、ご飯を買って学校に行く生徒が多いため朝の八時頃は大勢の学生で賑わっている。
 けれども今はまだ七時過ぎ。そんなにお客もいない。店内は閑散としている。僕がこの空間にいるのは場違いなくらいにだ。
 少々、気まずさを覚えながら雑誌コーナーで好きな漫画を見つけると僕は立ち読みを始めた。途端に欠伸が出る。それにしても眠い。
 部活があるわけでもなく、勉強をするわけでもなく、僕は朝早くにこのコンビニに来る。理由はただ一つ。待っている人がいるからだ。名前も知らないし、歳も知らない。
 ここは僕の高校の他にもう一つ、私立と公立がある高校密集区だからどの高校にいるのかも知らない。
 ただわかっているのはいつも胸のところに『籠球』と書いたジャンバーを羽織ってこのコンビニに友達とやってくるということだけだ。
 僕はその子見たさにいつもこうして早起きしている。
 きっかけはそう、たまたま目が覚めてこのコンビニにご飯を買いに来たときだ。
 下宿に住んでいるのだが、部屋は狭く落ち着いてご飯を食べる気にもなれない。
 だから僕はいつも学校の教室でご飯を食べたり、外食することがほとんどだ。
 その日は学校に行くのは早いけれど、誰もいない教室で朝ごはんにすることを考えていた。
 あの日の出来事を僕は雑誌を読むふりをしながら振り返る。

***

 その日はなぜか目が覚めて朝早くに学校へと向かうことにすると、近くにあったコンビニに寄った。
 朝ごはんはまだ食べていなかった。僕は、そのコンビニでおにぎりとサンドイッチを買うことにしたのだ。
 安定のツナマヨ、美味しそうに見えたカルビ牛のおにぎり、タマゴサンド、そしてちょっとリーズナブルに、コンビニブランドのお茶を手に取る。
 お弁当と飲み物をレジまで持って行き、会計を済ますと、寝不足の頭でぼうっとして上を見上げながらコンビニの自動ドアを出た。
 ああ、学校に着いたらちょっとうつ伏せになって寝よう。
 そんなことをぼんやり頭の中で考えていると、いきなり僕の胸に何かがぶつかり、衝撃が走る。
 「うわっ!!」
 「きゃっ!!」
 僕は店内で、相手は入り口前でお互いに尻餅をついた。
 衝撃で投げ出されたスマートフォンがコンビニ前のゴミ箱の前へ飛んで行く。
 「いったあ!!どこ見て歩いているの?」
 ポニーテールでキリッとした目つき、眉毛もシュッとした顔つきをしているので、怒るとちょっと怖いけれど、肌艶はよく、可愛い系というよりは、美人系だと感じる女子高生だった。
 女の子かあ。面倒だな。
 ぶつかって尻餅をついた痛さを感じつつ、直感的にそう思った。
 恋愛漫画でこういう場合、すごく素敵なストーリーに発展するけれど、現実では、相手も僕もただただ迷惑というか面倒なだけだ。
 どうやって謝ったらいいかな。
 必死にこの状況の気まずさを妥協することを考えながら僕は彼女を見た。
 「痛たあぁ……」
 彼女はスカートの中を盛大にこっちに見せるような格好で脚を開いて、尻餅をついている。
 おかげでスカートの中に履いている水色のパンティーは僕の方から丸見えだった。
 白いレースが凛々しい見た目に似合わず、可愛らしい。
 女子高生にしてはえらくセクシーな下着だなと見とれてしまった。
 「あなたね、何ぼけっとしてるの?」
 彼女の下着に見惚れていたせいで、怒っている彼女に今やっと気が付いた。
 「え、えっとごめん。ついぼうっとしていて」
 パンティーを見れなくなるのは名残惜しかったが立ち上がって僕は彼女に手を差し伸べた。
 「あの……ごめん、ほんと。立ち上がれる?」
 彼女は僕の手を使わずに立ち上がるとスカートについたホコリを払い、自分のスマートフォンを取りにゴミ箱前まで行った。
 「あんたねえ、目の前くらいちゃんと見なさいよ!!」
 まずい。カンカンだ。
 彼女は目を三角にして僕に指を指して近づいてきた。
 相手もスマホを操作してたし、お互い様じゃないか。
 そう言いたかったが、この迫力だ。
 きっと僕の言うことは全く聞き入れてはくれないだろう。
 その時、彼女の足元からぐちゃりという嫌な音が聞こえた。
 二人とも彼女の足元を見る。
 見ると、僕が買ったおにぎりとサンドイッチはぺちゃんこだった。
 お茶は無事だったが、見事に凹んでいる。
 どんな力で踏んでるんだ、この子は。僕が受けるであろう怒りを僕の朝食が受けてくれたのはいいが、威力は凄まじい。次は僕が潰れたおにぎりになることを覚悟した。しかし、ところがだ。
 「ご、ご、ご、ごめんなさーい」
 僕よりも女の子の方が僕の朝ごはんを潰してしまったことにショックを受けたらしい。
 勢いよく頭を下げた。
 「べ、べつに大丈夫だよ。また買えばいいし、僕もぼうっとしてたのが悪いからさ」
 あ、形勢が逆転した。
 僕は密かに心の中でふうっと胸を撫で下ろすと、冷静に対応した。
 しかし、彼女は納得がいかなかったらしい。とても真剣な顔つきで何か考えるように腕を胸元で組んだ。
 「たしかに貴方も悪いけれど、貴方のごはんダメにしちゃったのは、私だし、なんか私が奢らないとフェアじゃないわ」
 フェアじゃない。
 僕はパンツを見れただけで十分、フェア以上なのだけど。
 なんてそんなことを言うものなら僕はこの子になんの罪を被せられるかわからない。
 僕は唖然として彼女をみた。
 彼女は立ち尽くす僕になにも言わせず、袋の中身を確認すると、コンビニの中に入る。
 ひょいひょいと買う物を決めると、レジに行って会計を済ませてしまった。
 その間、僕は女の子の華麗な動きをただ眺めるだけだった。
 僕の分と合わせて、自分のご飯も買ってしまっている。なかなかに器用で即決力のある動きだ。きっとよくここにくるんだなということが彼女の動きでわかった。
 「はい!あ、タマゴサンドは売り切れてたから、ミックスにしたけれどその方が健康にいいでしょ?」
 「あ、うん、えっと……ありがとう」
 笑顔で袋を手渡してくれる彼女の表情に僕の視線は釘付けになる。
 その拍子に僕の心はあっという間に彼女に奪われてしまった。
 「あ、それとお礼に私の持っていたチョコレートつけておくね」
 ポケットからロッテのチョコレートを取り出して袋に入れる。
 「じゃあ、私、朝練あるから行くね」
 彼女が去る間際、買った中身を確認した。
 サラダとおにぎりか。
 一緒にご飯が食べれるとは限らない。けれども、一か八か声をかけてみよう。
 「あ、あの!待って!!」
 「え?まだ何か用?」
 女の子は少し面倒そうだ。
 「えっと…もし良かったら僕と朝ごはん食べないかな?せっかく買ってくれたし、誰かとご飯食べたら美味しいんだけど」
 「は?私、朝練だって言ってる……」
 女の子のまくし立てる声とは裏腹に彼女のお腹はググーっと鳴き声をあげた。恥ずかしそうにお腹を抑える。
 やった。
 一か八かの賭けに勝った!
 「そこに公園があるからさ、どうかな?」
 「分かったわよ。そこまで言うなら一緒にご飯でも付き合ってあげる!なんかぶつかった縁だし!」 
 女の子はちょっと面倒ながらも僕の案に乗ってくれた。
 よし!今日はついてる!
 心の中でガッツポーズをしながら僕は女の子とともに近くの公園にあと向かった。

 朝の公園はまだ、誰もいない。
 朝の公園に女の子と二人きりだなんて夢みたいだ。
 そんな浮き行き気分で彼女と公園のベンチに腰を下ろした。
 しかし、彼女は座るなり、コンビニの袋の中のおにぎりとサラダを手早く取り出してパクパクと食べ始めた。
 一通り急いで食べるとカバンから水筒を取り出して食べたものを流し込む。
 彼女は女の子なはずなのに、なんだろう……僕より勇ましい。
 そして彼女は立ち上がった。
 「そんなに急いで食ったら喉詰まらすよ」
 「平気!君はゆっくりしてていいよ。私は朝練行かなきゃいけないし」
 そういって鞄を背負うと彼女は歩き出した。
 もっと話がしたかったのに。
 一人ぼっちで置いて行かれる僕は切なげに、その背中を僕は見つめることしかできなかった。

***

 そして今、僕はその子に会えないかとこうしていつもあの時会ったコンビニにいる。
 彼女は今日も来ない。
 きっとあの日は特別だったんだ。
 そう思って今日も僕はコンビニを出て、学校へ向かおうと思っていた。
 雑誌を置こうかと、ページを閉じて雑誌棚にしまおうとしたその時だった。
 手を繋いだ高校生のカップルがコンビニの入り口に入ってきた。
 その時、僕は目を疑った。
 あの時、朝ごはんを弁償して公園で一緒にご飯を食べてくれた女の子は同じバスケ部の部員であろう男子と一緒に手を繋いでいたのだ。
 僕はこの時、必死で見ないふりをした。
 彼女たちはお弁当コーナーで一緒にお弁当を選んでレジへ持っていくと仲良くまたコンビニを後にしていった。
 彼女たちが出て行くまで僕は全く動けなかった。
 彼女はきっと僕のことなど覚えてはもういないのかもしれなかったけれど、気づかれるのが怖くてそっと息を潜めて雑誌コーナーの前で雑誌を読むふりをした。
 僕は彼女たちが出て行った後、どこを通った記憶もなくいつの間にか学校にいた。
 そして自分の教室で向かう途中、僕はトイレに寄った。
 個室に入り、勢いよく戸を閉めると便器に座り、俯せになって泣いた。
 そしてポケットからあの日、もらったビターチョコレートを食べる。
 あの子からもらったビターチョコレートは、とてもとても苦い味をしていた。口の中がカラカラしてそのために苦さと塩辛さが混じってさらに嫌な味になった。
 声に出ない涙を流して、鼻水は備え付けのトイレットペーパーで拭いた。
 その日から僕はビターチョコレートが大嫌いになった。

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