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chips

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映画作品にすべくそのシナリオを書き溜めています。
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記事一覧

chips#

そのときもう少し長くいる方法があるんじゃないかと思っていたんだ。カエルの視力は動くものしかわからないんだという話とか、みみずは進化してあの形になったんだよとか話して、改札まで送ればよかった。 遠くまで届かせるために必要なのは強く張り上げることではなくて確かさを信じていくことなのかもしれない。会うこのできなくなった君に「おはよう」をもう一度届ける

chips S#1

chipの三人称単数現在。chipの複数形。(木・ガラス・瀬戸物・ペンキなどの)かけら、 こっぱ、 切れ端、 削りくず。 メモ帳に文字ではなく絵を描いている人を電車の中で見かけた。どこかの美大生だろうか。向かいの席で居眠りをしている背広の男の薄くなった頭、いやその形を何度も線を引いてデッサンしている。電車が止まり絵描きは慌てて降りていった。相変わらず背広の男は居眠りをしたままだ。私はその男の首の曲がり具合を真似てみた。背広の男の背後の窓が大きく開けて青い空が広がった。 コ

chips S# 101

夜明け 空はむらさき あなたはわたし わたしはあなた 雲について何か語ろうとした 柔らかい筆先のような雲について

chips S#8

渋谷の半蔵門線への地下への乗り口。少しふらふらになりながら朝日を浴びて君は降りて行った。君に届けておきたい言葉があったように思うのだけどもうそれはかなわない。ここが最後に君をみた場所。何度目か、ここに来た。届かないものをいまさら投げること。でもそれでも世界へ変容していく。僕はまだ時間の流れとともにあり変容していく世界の一部であるから。楽しい時間をありがとう。僕は君と約束をした。それを果たすよ。ありがとう。怖がらずに君との約束を僕は果たすよ。

chips#40

自転車に乗って知らない路地を行く 少し遠くの街へ出て帰り道のわからないまま 少年だったあの日、日暮れの中を どこまで行けるのか試してみた あの日と同じように まだまたどこまで行けるか試しているんだ 君にもらったこの自転車に乗って僕は 夕暮れとともにことばは沈んで 朝陽とともにことばは溶けた 遠くへいけるのはひたすらの沈黙

chips S#99

回転木馬の整列が/光の糸を噴き出している/ガレ-ジに吊るされた/ランプの灯と交じり合い/ビニールシートのこすれる音がひびく/岬で魚影を追う白い船が今朝/沖へ到達した/知りすぎたペンシルバニアの農夫たちが/反乱する/強い炎の中で二つの森が現れる/焦げた匂いは斑点模様となって/リンゴの表面(サーフェイス)へ/降りそそぎ始めた/通り過ぎた玉虫色の遊歩道から/キビキビとしたチェロの旋律/行方知れずの猫が土曜日の階段であくびをしている/満ち足りたグラスからダイヤモンドが引き上げられて/

chips s#未定

呼吸をしているこの星の上を回るひとのすべて。目覚めた時あなたからのメール。それはあなたが生きていること。20文字に至らないその一つ一つをあなたが記している。デジタルでもなんでも構わない。その文字の先にあなたがいたということ。私も私がいるということをあなたに伝える。手紙を書く。あなたに手紙を書くわ。

chips S#45 浜辺

この浜辺に来てね、地球の裏側まで来たって気がしたの。なんでここまで来たかっていうのはね、そう私が今まで大切にしてきたものを繋いでいっただけなの。それは例えば子供の頃に読んだ小説だったり、誰かの言った一言だったり、別れた彼が嫌いだった場所だったり、そういう私にしか見えない点をつないでいったらここに来たわけ。それはいいも悪いもあるけれど私のなかでの大切なひとつの糸みたいなものなの。だからここにいることに不安はなくてここにいてもいいんだという気がするの。いつまでいるかはわからない。

chips S#82

どこの街だったかな、言葉の通じない知らない街だった。ひとりで歩いていたんだ。そこでふたつの事が起こったんだ。ひとつはすれ違う人のなかに大学からの友人とよく似た背格好の人がいた。少し背を曲げてひょこひょこと歩くんだよ。チェックのシャツを着てさ、ジーンズとスニーカー、頭の禿げ上がり具合もそっくりだった。その時僕はしばらくあっていない大学のその友人を思い出した。そしてその夜、宿に帰って手紙を書いたんだ。その友人は古本屋をやっていてね。その店に手紙を書いたんだ。今日、君に再会したよっ

chips S#77

いたということをなくしてしまいたいほどのことじゃないの。記録を残したくないの、だから写真を撮るのはやめてほしい。この街には物事が残りすぎているから、それが私にはとても苦しく思える。私が残ってそういう風になっていくのは嫌なの。とくに私の知らないところでね。あの看板が見える?あそこで笑っている人はいったい誰に笑っているの?それは決して私にではない。私は私を知る人にだけ笑いかけたい。カメラを向けるあなたには私は笑うことができる。私はあなたを好きだから。でもそれをあなたが後で見返して

chips S#83

セリフ、例えば語られるべき言葉はどこにあるか ヘリの飛ぶ音が聞こえる 私を通過していく存在と 私のなすべきこと、 眼前にあるもの 遊園地へ向かう途中の宇宙の道に差し込む日差し 生きていることを謳いあげる珈琲の苦み 近づいた神の君の髪の香りへ許された離脱と距離 巻きあがる神が誰を愛するというのか ついえるまでつうじて湧き上がることをつづる ヘリの飛ぶ音が聞こえる 上空3千メートルから何を探している 虚して心という宇宙に何を探している 音を探す、色を探す、美しい尻の丸

chips S#36

明け方だった。たぶん僕にとっても誰にとっても。自宅方向へむかう列車の向かいの席に女装した男が座っていた。ずっと横を向いて流れてくる景色を眺めていた。ブルーのワンピースにヒラヒラのついたカーディガンを羽織っていた。赤いハイヒールの横に大きな紙袋がある。結婚式の引き出ものなのか。朝まで飲んでの帰り道か。彼女と同じ方向の景色を見つめた。朝陽が昇ろうとしていた。彼女が泣いていることに気がついたのは少ししてから。光は通過するものの内在を反射する。嬉しいのか哀しいのかはわからない。僕も泣

絵描きの話 chips S#52

5年くらい前、高円寺のライブハウスの控室に抽象画のいい絵があって、欲しいなと言ったら、マスターが描いた人を紹介してくれた。「絵を売るのは初めてなので」というので彼の滞っていた携帯代と引き換えた。それから全く会っていなくて、昨晩、昨年、酒飲んで階段から落ちて死んだって話聞いた。

chips S#13 9/25の明け方の夢

線路沿いの屋根のない煉瓦造りの家の中で初老の男たちが酒を飲んで歌を唄っている。私も随分と飲んでいる。ひとつの考えごとが、ひとりの女性のごとが私の胸中にわきあがる。すると向かいの男が本棚から一冊の本を取り出し開き一節を読みあげ「行くのならすべてをかけていけ」というようなことを言った。その本はシェイクスピアの本のようで「君はまだ読んでいないのかね」というようなことを言われた。そこへ轟音とともに貨物列車が通りすぎ、私はそこで目が覚めた。紙片に何度かその女性の名を書いた。 chip