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スカイとマルコ(15)・扉の向こうへ

「失礼を承知で言いますが、犬は面白いからとかで飼うものではありません。ぬいぐるみでもなく、自分の都合の良い時だけ可愛がれば良いというものでもありません。ご自身でご理解されてますか?この子は非常に難しい子です。犬を何匹飼ったことのある人でも大変だと思います。犬の初心者のあなたにこの子を飼えると思うその自信はなんですか?」

ケイタ君は、日頃、引き取りにきた人たちにそんなことは言わない。
きっと、あたしのことを本当に心配しているんだろう。

月子さんは、人によっては怒りそうな言葉も、じっと最後まで口を挟まず聞き、その後、話し始めた。

「正直、自信などありません。この子に対して、私がこの子を良い子に変えてみせようとか、私の愛情でこの子を幸せにしてあげられるなんて自信はありません。この子は本当は良い子でそのうち自然に愛らしい可愛い子になるという期待もありません。つまり、私は、自分自身にもこの子にも、期待していないんです。でも、」

そこまで話して、月子さんは一旦、口をつぐみ、その後、決心を表明するように、ケイタ君の目を見つめ、しっかりとした口調で言った。

「覚悟だけは持っています。この子を最後まで面倒を見る覚悟です。この子の一生を私が背負う覚悟です。愛情は最初からあるものではなく、日々、紡いでいくものだと思っています。私は、この子と性格の悪い者同士、生きていきたいと思っています。そんな理由では犬は飼えないのでしょうか?」

ケイタ君は、何も言い返せず、静かに、譲渡手続きを始めた。
あたしは、月子さんが用意してきた新しい首輪をつけられた。
「シェルターのサイトで、中型犬って書いてあったから、このサイズにしたんですけど、ぴったりで良かった。」
月子さんは誰に言うともなく話し、ホッとした表情を浮かべた。

「青い色の首輪を選ばれたんですね。大抵、女の子だと、ピンクとか赤とかの首輪やリーシュを用意してくる飼い主さんが多いんですよ。」
そう言いながら、ケイタ君は新しい青い首輪のついた私の顔を両手で優しく包み、じっと顔を見つめた。

「うん、でも、熊子には青い首輪で正解だな。お前の真っ青な目とホワイトブルーの首輪が最高に似合っている。」

この人は、熊子のことを本当に調べて、熊子にとってのベストを選択しようとしてくれているんだな。この人が、熊子にとっての正解なのかもしれないな。熊子、幸せになれよ。絶対、ここに戻ってくるなよ。

ケイタ君の心の声が聞こえた。
あたしは、ケイタ君の顔を今までないぐらいに舐めまくった。ありがとうの気持ちを込めて。
ケイタ君の顔は舐めているうちに、どんどん塩っぱくなった。
「熊子、分かった、分かった。もう、良いから。」と、言いながら、ケイタ君は、あたしをぎゅっと抱きしめた。




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