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受け継がれるかんざし


知らない人から簪《かんざし》をもらったことがある。


ありふれた出会いだった。


真夏のド田舎。

数時間に一本くるかこないかの電車を待っていると、
上品なおばさまに話しかけられた。


ピシッとまとめあげられた夜会巻き。

艶やかなグレイヘアには若草色の簪がささっていて、
すごく綺麗だった。


「どこから来たの」
「その服いいわね」
「何歳になるの」


他愛もない会話。

思いのほか柔らかな声色で
よく笑う人だった。


話していく中で、このおばさまは
お墓参りの帰りだということ。
着物での散歩が趣味だということがわかった。


「これ、もらってくれる?」

なんとなく会話が途切れたとき、
和紙に包まれたべっ甲の簪を渡された。

「白無垢で使えるものよ。
売ってくれても構わない。」


じゃあね、ありがとう。
それからすぐに
おばさまは立ち去った。

あれ?電車乗らないの?
そう思いながら見送る。


再び一人きりになり、時間を持て余す。

ふと、思った。
この簪は、あの方の娘さんにあげるはずのものだったんじゃないのか?

お墓参りっていうのは娘さんので、
必要なくなった簪を、同年代くらいの自分に渡した、とか。


・・・いや、妄想だな。
確証はどこにもない。

ヒマだと、こういうドラマティックなことを
考えてしまう。


あの時もらった簪は、まだ手元にある。

ときどき虫に食われないように
手入れしているだけ。

いつか着飾る日がくるのかな。


もう会うことはないんだろうけど、
どうしているんだろう。








最後まで読んで頂きありがとうございました!