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愛妻弁当リポート2022.08.04


壁掛け時計を見ると13時を過ぎていた。
冷蔵庫に収めてあった愛妻弁当をおもむろに取り出す。

冷めても美味しいからレンジでチンはしない。

熱々という勢いを借りなくても、細やかな味わいや食感の塩梅で満足できるということだ。

ゴマや高菜のふりかけを控えめにまぶした、玄米ごはんから箸をつける。
塩分やミネラルが含まれた淡い褐色のそれは、ほんのりしたコクがあいまって午前中の疲れをいやしてくれる。

いつものご飯を二口ほど食べて納得すると、次は冷めた茹でブロッコリーに目が行く。

塩分の効いた玄米ご飯と、濃い味のおかず達の間の、程よいつなぎ役と言ったら失礼だろうか?ブロッコリーのもつ、かすかなコクと甘みがコースランチでいえば前菜的な役割かもしれない。

若いころの肉食性は薄れても、このあたりで肉っぽいものが欲しくなる。甘じょっぱい餡かけの、つくね団子の適度な歯ごたえと弾力は、いかにも弁当を食している実感を高める。

一串に二個のつくねを食べると、56才の年齢からか次は栄養バランスに思いを巡らしてしまう。
従順な子供が促されるかのように、半ば強制的にきんぴらごぼうの心地よい歯ごたえのみを楽しんで食す。子ども舌の私には味付けは濃くともゴボウや人参のかすかに苦めの土っぽい香りはどうも積極的に楽しめるものではない。敢えてスピードを上げて食べきる。

そして一番の楽しみ、プロセスチーズのハム巻き串に手を伸ばす。

子ども舌の私を魅了する、ハムの優しい塩味と歯に負担の少ない柔らかな食感。そこにプロセスチーズのかすかな乳製品の風味が混ざりあって味覚も食感も心を満たす。
今日の弁当を歌に例えたら、まさにサビの部分だ。

典型的な長男、長子体質の私は、一番好きなものは最後に残しておく。
幼少期は楽しみにしていたおかずを食卓で、よく妹に横取りされて泣いたものだ。

56歳にして一人の自宅弁当も悪くない。

妻に感謝して心地よい満腹を味わった昼下がりの幸せ。


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