まきたばこの夜

 巻いて巻いて巻いて巻いて。オーストラリアでは日本で売っているような箱に入ってるタバコは高い1000円くらいする。だから皆、安いまきだばこを吸う。折り紙を四分の一くらいにした薄い紙にタバコの葉を巻き寿司の具みたいに載せる。そのとき吸い口になるところに小さなフィルターもセットする。くるりと包んで、紙の端をなめる。なめたところも巻きつけると唾が紙に接着してタバコが出来る。それを夜な夜な何本も作る。
セシリーの家をでて次に移り住んだ日本人たちのシェアハウスでの夜の光景だ。
僕はそのころタバコを全く吸わなかったのでこいつら本当、ヤク中みたいだなと思いながら見ていた。

タカシはなかでもとりわけ沢山タバコをつくる男だった。ワーホリで来ていてどこかおどおどしている男だった。暮らすところから、働くところ、遊ぶところまで全部日本人コミニュティー。もう一年以上いるが全く英語は話せない。自分のことを棚にあげるようだけど、本当に何しにきたんだろう。って感じの人だった。
彼はいつも思い悩んでいた。自分はこのままでいいのか。せっかくはるばる海外まで来たのに日本人ばかりと一緒にいて、これじゃ日本にいるのと同じだ。そういいながらタバコを巻いてはベランダにでて煙をくゆらせた。金がないというのも口癖でタバコをやめたらいいのにと思ったが「これ見て!いいの買った!」とたばこが簡単に巻けるローラーのような器具を買ってくるような人だった。

彼のほかには現地で看護師をしている女性(すごく稼いでるらしいと噂だった。リビングでたむろする男どもが嫌いだったみたいでほとんど話さなかった。)、タトゥーの彫師を目指すヤス(もちろんタトゥーが入っている)と大学に通う韓国人の男の子が暮らしていた。

ゆくゆくは出来るだけ日本語を使わないで住むような生活をしたいと考えていたけど、日常生活に支障の出るほど英語の離せない僕はとりあえず日本人もいるシェアハウスに移り住んだ。ホームステイでは本当に何不自由なく暮らせていたけど、やっぱり人の家だという感覚があってとても気を使った。それに比べてそこは何時に帰ってきても人に文句を言われないし、好きなときに勝手にご飯を食べることが出来て開放的だった。話せる人がいることもうれしかった。バイトや語学学校が終わって家に帰るとリビングに男たちがたむろしている。やることもないしテレビもないのでタバコを巻きながらただしゃべる。本当に青年団の「冒険王」みたいな感じだった。
高校のときの寮生活が舞い戻ってきたかのようだった。

タカシの言っていたことはひとごとではなかった。実際オーストラリアで英語が話せなくても暮らしていけてしまう。買い物やバスに乗るのに英語は要らない。お金さえ払えばいい。働くところもジャパニーズレストランはほとんど日本人しか働いてない。シェアハウスだって基本日本人しか住んでないところは沢山ある。みんな英語が話せないし、不安なのだ。だから集まってしまう。楽だから。

エージェントの人が困る人の話をしてくれたことがあった。オーストラリアに到着してから「私、これから何をしたらいいんですかね?」と聞かれることがすごく多いらしい。
何かしたいことがあったわけじゃない。ただ今が嫌で、なにかを変えたくて遠くまで来る。でも何かしたいことがあるわけではない。何がしたいかもわからない。そんな人がすごく多いらしい。鐘下辰男が「自分探しのたびをしても意味がない。自分はいつもここにいるから」と言っていた。

そして僕も例に漏れず何かを変えたいと思ってきたけどどうしていいかわからない一人だった。とにかく英語がわかるようになって最終的にはイギリスの演劇学校に行きたい。というのが目標だったけど日本人と一緒に働きながら日本人と暮らして本当に日本でも出来るような生活を送っていた。

海を越えて同郷の人といれば話題は尽きないし、なにより「ここは自分の国ではない」という高揚感と無責任感がある。
無責任感というのは人の国だから何してもいいということではなくて、一時的にいるだけの滞在者なのだという無意識から来る「外国だから仕方ないね。地域で起きることに責任もそんなに求められない通りすがりだから。」そう。僕らは少し長くそこにいる通りすがりだったのだ。

「本当に俺は情けないよ。ゆうくんはすごいよね。ちゃんと勉強して語学学校に通って。目標があるんでしょ?」まきまき。

タカシとはいろんな話をしたけどほとんど覚えてない。彼は僕をすごく寂しくさせた。なにがそうさせたんだろう。このままじゃだめだと思いながら、帰られない。遠くまで来る決断をするのは勇気のいったことのはずなのに、遠くまで来たということにどこかで満足してしまっている。他人を羨んで自分も変わろう。明日から明日からと日々が過ぎてゆく。彼の顔が暗く見えるけど、きっと僕も同じ穴の中にいるんだろうなと思った。
その穴から抜け出したくて僕は2ヶ月くらいでそこを引っ越した。次は半分は韓国の人、半分は日本の人というある程度英語を話さなければならないシェアハウス。

引っ越してしばらくしてから遊びに行ったら以前ここに住んでた日本人の女の人が越してきていた。日本に旦那を残してオーストラリアに来て、カナダに行ってまた戻ってきたらしい。
タカシがこっそり「あの人が前ここに住んでたときも俺はここにいたんだけど、俺あの人にすごい迫られてたんだよね。」と言ってきた。
「え、旦那さんいるのに?」
「うん。」
「どうしたの?」
「結局やっちゃった。やるときパンツ脱がないんだよ。あいつ。」
いいやつだと思ってたし、この人も俺と同じように苦しんでるなとか思っていたけど全然違った。やることやってた。なんだよ。充実してるやん。不貞って。マジでろくでなしだなお前。なんだその詳細なエピソード。別に教えてくれなくていいよ。壁けっこう薄いぞ。声出さないようにしてたから大丈夫じゃないよ。あの人と同じタイミングで一緒にいなくてよかったわ。

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やましたゆう

さみしさが好きです。 文章を書いています。演劇をつくったりもしています。 次回公演Pityman「ばしょ」2019年9月20日(金)~23日(火)@新宿眼科画廊 連絡→pityman0@gmail.com

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