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愛してるって叫んでよー映画「エゴイスト」~天神亭日乗14

二月十四日(火)
 テアトル新宿 映画「エゴイスト」を見る。
 愛について考えることなど久しく無かったが、今回ばかりはさすがに映画館を出てすぐ紀伊國屋書店に走った。
 
 十二月のある休日に同僚AからLINEが送られてきた。一冊の本を薦めている。表紙の写真。「エゴイスト」とある。
ああ、あの映画か、と思った。俳優の鈴木亮平と宮沢氷魚が恋人同士の役を演じたとネットで読んだ記憶がある。
同性愛カップルの映像作品は最近多く目にするが、この二人の配役を聞いて「見たいな」と印象に残っていた。
 「エゴイスト」の原作者、髙山真さんをAは若い頃からずっと慕っており、彼のサロンにも何度も通っていたという。髙山氏は三年前に癌で他界している。
「髙山さんは私の26%くらいを形作っています」
 Aが綴ったその一行に息を呑んだ。30%まではいかない、しかし4分の1では収まらない、26%なんて数字は大変な存在ではないか。職場でいつも私のアホな話に付き合ってくれているAちゃん。Aちゃんはそんな別れを経験していたのか。原作本を先に読むか、映画が先か。少し迷ったが映画公開を待つことにした。

 映画公開初日の後、Aと廊下で行きあった。Aは少し目を閉じて胸を押さえながら言った。
「映画、ぜひ・・・見てください。もう鈴木亮平が髙山さんそのものなんです・・・」
顔や容姿は違うのだけれど、その佇まいや仕草、言葉が、この原作者の高山真さんを思い出させるというのだ。
「分かった。すぐ行く。」

 翌日、新宿の地下の映画館へ。何もバレンタインデーに行かなくてもよいのだが、私は着火すると止まらない。それにこの映画では「夜へ急ぐ人」を鈴木亮平が歌う場面があると公表されていた。友川カズキがちあきなおみに捧げた名曲だ。友川さんの歌がどんなふうに登場するのか気になってたまらない。

 冒頭から痺れる。新宿末廣亭の前をゆったりと歩く主人公、浩輔。東京を生きる彼、仕事の場も、仲間たちとの間でも軽やかな笑顔を見せている。一転、故郷ではお洒落なお洋服が鎧となる。その苦しい過去と、母の思い出。

 恋人役の宮沢氷魚の龍太も悶えたくなるほど美しい。二人の男の恋愛の始まり、身体を重ねたあとの部屋に響く「夜へ急ぐ人」、陶酔と官能と、落ちていくような這いずり上がるような。浩輔が自分に戻っていく時間に、この歌がある。

 私はあらすじも読まずに来た。だから二人の男の愛の物語を無防備に見ていた。この二人の蕩けるようなシーンに陶然となる。しかし後半から物語が一転する。スクリーンに大きくタイトルが映し出された時には、私は放心状態になっていた。「エゴイスト」タイトルの意味を考える。浩輔の龍太への愛、その行き場のない愛がどのような行動になるか。それがこのタイトルにもある「エゴ」か。喪失のあとに残された愛の行動。
 
 Aちゃんの言っていた原作本を求めた。当夜のうちに読む。

 小説では若き日の高山真氏が経験した苦悩とその体験がさらにこまやかに描写されている。はじまりが、学校現場でのいじめのシーン。LGBTQ+や「性的マイノリティ」という言葉も無かった時代、田舎の子供たちの投げかける残酷な言葉と仕打ちに胸が痛くなる。
そして今、私も学校現場にいる。私が出会った学生たちの中にも、無論、同性愛、トランスジェンダーなどLGBTQ+の学生たちがいる。名前から連想する性別と本人の外観が違うこともあった。つまり学生証の名前は例えば「太郎」などのいわゆる男名だが、窓口の前で立っているのは長い髪にキレイにお化粧をしスカートを履いた女子のいで立ちの学生。またその逆もある。この子達はこれまでどんなに苦しい想いをしてきたのか、ようやく大学生になり、東京で好きな恰好ができるようになったのか。何年もそして今も格闘しているのだ。同性愛の学生ももちろんいる。ようやく近年になり、大学でもダイバーシティ、多様性を認めようとする活動が盛んになってきた。わがキャンパスで「アライ」(LGBTQ+の人を理解し支援する人)として活躍している一人がこの同僚Aである。

 鈴木亮平氏が文庫のあとがきの最後にこう綴っている。
「中学生の浩輔のように自らのセクシャリティを理由に命を絶つ選択を考えてしまうような少年少女が、この国から、この世界から一人もいなくなることを私は願います。」そのために、社会全体の意識の改革、教育や制度の改革が必要だと。

 愛する人に声高らかに「愛している」と叫べるように。愛する人と家族になれる。自分の心と一致した性で朗らかに堂々と生きていける。そんな社会が来ることを私も祈る。彼ら彼女らが笑顔で日々を過ごせるように。

*歌誌「月光」78号(2023年4月発行)掲載


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