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【ショート・ショート】献立

「ねぇっ、夕食に何が食べたい?」
 子供達の部屋に顔を出して、尋ねる。
「別にっ、何でもいいよ」
 次男が、マンガ本に見入ったまま、顔も上げずに答える。
「あんたは」
「俺も」
 長男は、テレビゲームのコントローラを叩き続けている。
「何でもいいわけないでしょ。気に入らないと、食べないくせに、もうっ」
 つい声を荒げてしまう。
 ――あーあっ、聞いた私が、馬鹿だった。
 毎日の献立。考える私も疲れてしまう。

 子供部屋のドアを閉めると、夫が部屋から顔を出した。
「買い物、付き合おうか」
「いいわよ、テレビでも見てたら」
「いいから、行こう」

 近くのスーパー。
 この頃は、夫婦そろって買い物に来る人達が増えた。休日は、家族連れも多い。娘連れの同年代の主婦には、ついつい目が行ってしまう。
 それと気づいた夫が、
「娘がいたらって、思っていただろう」
 心を見透かされたみたいで、ドキッとした。
「別に。ただ、この間みたいに、私が入院した時なんか、家事を助けてくれるだろうなって」

「それに、色々と、お前の話し相手にもなってくれるだろうしな」
「あら、あの子達だって捨てたもんじゃないわ」
「あいつ等じゃあ、つまらんだろう」
「そうでもないわよ。色々話してくれるわ。学校のこととか、部活のこと。彼女のこともね」
 ただ彼女の話には、少しショックを受けた。今度家に連れてきなさいよと、おおらかに振る舞ってはみたけれど。
「でも食うだけ食ったら、テレビを見るか、さっさと部屋に引き上げるだけだろう」
「そうでもないわ。あなたが遅い時なんか、洗い物とか後片づけとか拭くのも手伝ってくれるわよ」

 一所懸命二人を弁護している自分に気づく。
 まんまと夫に乗せられた形だが、悪いきはしなかった。


 三ヶ月前、私は入院した。
 周りから病気になった話を聞いても、対岸の火事だと思っていた。今日と変わらぬ明日が来ると、何の疑いも抱いていなかった。
 全て単なるもうそうだった。
 大事には到らなかったが、医者からは一週間の安静命令。それでも二日目辺りからお尻がそわそわと落ち着かない。
 それを見越して、夫は子ども達を連れて見舞いに来てくれた。
 私はここぞとばかり溜めていた話を繰り出す。

「母さん、その話、前にも聞いた」次男の声。
「あら、そう。誰に何を話したのか、分からなくなっちゃった」
「父さんも、何回も聞いているだろう」
「ん? ああ」
「えっ、本当?」

 ショックだった。私がしょんぼりしていると、
「そう言うな。母さんが何度も話すのは、それだけ嬉しかったからだ。それに何度聞いても嫌な気持ちにはならんだろう」
 ――そう、そうなのよ。さすが、お父さん、分かってる。
「面倒くさいけどね」とは、長男。

「まあ、そう言わず初めてのような顔で聞いてやれ」
 ――初めてのような顔って、何よ。さっきの、取り消し。
「それに俺はかあさんの笑顔に惚れて結婚したからな。何度も見られるのは嬉しいさ」
「何、のろけ?!」これは二人同時。
 私は始終にこやかに三人のやり取りを聞いている。


この頃、夫は夕食を手伝ってくれるようになった。夫の担当は野菜サラダ。
私はまな板を叩きながら、同時に口も動かす。
「昨日のバス停での話、もうしたかしら?」
「いいや。まだ聞いてない」
「あっ、そう。いえね、昨日ね……」

 うーん。
 おだやかに心を放てる場所があるのは、やはりいいな……。


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