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戯曲 君の涙はやがて河になる 君の愛はやがて歌になる

孝治  あの、みんなさ、ちょっと聞いてくれる。さっはおれたち弔辞書いて、その第一案として、信之に読んでもらったんだけど、最後まで読んでないんで、おれに最後まで読ましてくれる。もうこんな弔辞なんていらないんだけど、せっかくおれたちが長い時間かけて書いたんだから、ちょっと聞いてくれる。

(手にしたノートを開いて読み始める)

あなたの突然の訃報を聞いて、いったいなにが起こったのか、どうしてこんなことになってしまったのか、私たちはただただ呆然とするばかりでなにもわかりません。しかしたった一つだけ、はっきりと分かっていることがあります。それはあなたが、あなたの持てる力をふりしぼって、少年団を抱きしめていたということです。

いま少年団は苦しい段階を迎えています。どんどん団員の数もへって、指導員も去って、熱い情熱で少年団を支えてくれる父母も少なくなり、少年団活動はどんどん衰退していきます。しかしあなたはどんなに衰退しても少年団を見捨てませんでした。少年団を必要としている子供たちがいるかぎり、おれは少年団の指導員であり続ける。たとえ通ってくる子供が一人になっても、おれは少年団を捨てないとあなたは私たちに何度も語ったことでした。

それは昨年のことでした。あなたは「風の旗三郎」という戯曲を書いて、現役の少年団の子どもたちだけでなく、少年団を巣立っていった仲間たちに呼びかけて、大きな演劇活動に取り組みました。その戯曲は、宮沢賢治らしき人物が、山形奥地という青年になって、いまの時代に突然よみがえるというあなたが書いた劇でした。旗の台という都会の片隅にふらりと現れた山形奥地は、羅須地人少年団というものをつくって、子供たちとさまざまな活動を展開していきます。公園にプレハブの子供基地を作ったり、道路に花壇を造ったり、駐車場に畑をつくったりと、とんでもない活動をするとんでもない羅須地人少年団は、やがて丹沢の山に子供の村づくりに取り組むというストーリーでした。それはあなた自身の夢でした。その夢を実現させようとあなたは、黙々と農夫のように勤勉に誠実にこの地を耕していました。やがてこの地に黄金の穂波を実らせようと。

そんなにも大きな夢を抱いて生きていたあなたが、いま突然私たちの前から去ってしまいました。大きな夢をもって天に召された人は、星になるといいます。あなたもまた夜の空にまたたく星になるにちがいありません。私たちは決してあなたを忘れないでしょう。夜の空を見上げるたびに、星になったあなたを見るからです。大地、坂田大地、私たちの大好きな大地、さよならをいう前に、あなたが書いた戯曲の最後の場面の詩を、あのときの舞台のように朗読させて下さい。

(孝治はこのことをいいたくて、弔辞を読んだのだった。彼はなにか必死の訴えをするように呼びかける)

さっき亜紀がさ、まだ大地の魂はおれたちの周りにとどまっているっていったけど、もし魂というものがあるなら、大地の魂はぜったいにここにきているはずなんだ、あそこの天井のところにいて、おれたちを見ているはずなんだ。だからさ、あの賢治の詩を全員で朗唱するシーンを、ここで再現しないか。大地がおれたちに残したメッセージだよ。お前の残したメッセージは、ちゃんとおれたちのなかに刻まれているってことを、彼の魂にむかって叫ぼうよ。

(やろう、やろう、やろうという沸き立つ声があちこちで起こり、整列、整列という声も起こり、演出家、演出家、ちゃんと全員を並べてという声も起こる。そこでその劇を演出した隆志が舞台の前面に立って、六十人を指導する)

隆志  じゃあ、そこに並んで、きちんと並んでくれる。そこそこ、つめて、もっとつめて(六十人の群像をコーラス隊に仕立てるためにさかんに指示を飛ばす。そして体制が整うと)じゃあ、あのときのように朗読は、ソロからはじまって、やがて群読になって朗々と朗読されていく。叫ぶんじゃないよ。美しいハーモニーをつくりだすんだ。言葉のシンフォニーにするわけだからな、じゃあ、さやか(さやかは中学三年生の女の子)前に出てきて。さやかのソロからはじめていく。みんな、ぶっつけ本番でいくからな。じゃあ、さやか!
 
生徒諸君に寄せる
この四ケ年
わたしはどんなに楽しかったか
わたしは毎日を
鳥のように教室でうたってくらした
誓って言うが
わたしはこの仕事で
疲れを覚えたことはない
 
諸君よ、紺色の地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君はその地平における
あらゆる形の山岳でなければならぬ
 
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いてくる
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の時代の風であり
諸君はこの時代に強いられ率いられて
奴隷のように忍従することを欲するか
 
むしろ諸君よ、さらに新たな正しい時代をつくれ
宙宇は絶えずわれらによって変化する
潮汐や風
あらゆる自然の力を用い尽くすことから一歩進んで
諸君はあらたな自然を形成するのに努めねばならぬ
 
新しい時代のダーウィンよ
さらに東洋風静観のチャレンジャーに乗って
銀河系空間の外にも至って
さらにも透明に深く正しい地史と
豊かな生物学をもわれらに示せ
 
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変えよ
 
(すでにギターを手にしていた雄太が、ジャンジャンと調弦のギターがかき鳴らす)
雄太  草葉はなぎ倒されてもだよ、みんなおぼえてるよな。歌うぞ、みんな。天に昇っていく大地を送る歌になっちまったけど。
寛治  (すでに泣いている)馬鹿やろうだよ、あいつは。自分の葬式の歌なんかつくりやがって。大地、お前は、馬鹿やろうなんだよ!! 

草葉はなぎ倒されても、空を仰ぎ見る
咲くのはたやすくとも美しくあるのは難しい
時代の夜明けを一人さまよい
人は死と出会って自由になれる
凍てつく風の中へ墓もなく
激しい吹雪の中へ歌もなく
花びらのように流れ流れて
さらば、友よ
君の涙はやがて川になるだろう
君の愛はやがて歌になるだろう
悲しみを背負い渡り飛ぶ
涙に濡れた小さな鳥よ
振り返らずに
さらば友よ
さらば友よ
(キム・グァンソク作詞作曲「宛名のない手紙」より)
 
 

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