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恐怖の草男

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草を愛する夫と妻の戦い。
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恐怖の草男(1) プロローグ

あなたは異星人とかかわったことがありますか・     もし夫が異星人だったらあなたはどうしますか。 異星人はあなたの周囲に堂々と、あるいは密かに生きているのです。      いや、あなた自身が異星人なのかも知れません。   彼らは何を目論んで地球に飛来してきたのか。これは信じられない体験をした女の物語です。

恐怖の草男(2)異常な夫

新旧の家が立ち並ぶ瀟洒な住宅街の一角、黒い大きな洋館が建っている。壁には蔦が這い、二階の楕円形の窓はカーテンが閉まったまま、庭には雑草や蔓草が生い茂っている。月の夜に蝙蝠(こうもり)が飛んでいたこともあるとか。近隣のうわさだが。 空き家のように見えるが、時折、草取りをする女の姿が見られる。その夜は決まって男の罵声が響いた。 京子はガラス窓から体を離した。恐る恐るまた庭に目を遣る。まだ歩き回っている。しゃがんだ。何かを撫でている。話しかけている。新種の雑草を見つけたんだ、き

恐怖の草男(3)結婚のいきさつ

わたしには令子を何不自由なく育てる力などない。わたしは何も持っていない。だからこそ、令子だけは上流階級の仲間に入れたい。 令子は皇室と繋がっている精華女子大付属高校の寮に入っている。高額な学資も寮費もハイソな生活費も夫が出している。どこに隠してあるのか大金を持っているようだ。 令子には草男の血が混じっている。だが最高の環境で最高の教育を受け、最高の人間関係に囲まれていれば、真っ当な人間になれるはず。そう信じて令子のためだけに結婚の形にしがみついている。 金蔓にしがみつい

恐怖の草男(4) 妊娠

それがそんなに悪いことだったのか。天罰に化け物を与えられるほど不純で悪い動機だったのか。 自立できる技術もキャリアもない。身寄りがいない。馬鹿ではないがそれほど利口でもない。そんな女を奴らは捜していたのだ。 夫は地球人を征服すべくどこかの惑星から飛んできた草の花粉。どんな方法を使ったか知らないが、高級住宅地に家を持った。その家が何かの活動の拠点になっている。 はやくあの男の正体を世間に知らせないと大変なことになる。 裸足に草が絡み付き纏わり上ってくる。森がザワザワ、ヒュ

恐怖の草男(5)幻の声

京子は森を彷徨っていた。 「お母さん、どこに行くの」  令子の声だ。どうしてあの子がここにいるのだろう。 「お母さんが心配で捜しに来たの。さあ、家に帰ろう」  辺りを見回しても誰もいない。生い茂る竹や蔓草や樹木だけだ。 「ほら、オーバー」 令子の差し出すオーバーを羽織った。令子は見えない。でも私の傍にいる……。幻の声に導かれ家に戻ると、大きな鉄柱の門が黒い口を開けて待っていた。雑草に埋もれたスイセンの花が一輪、京子を見上げている。 自分の部屋に入ると、二階から夫の乾いた

恐怖の草男(6)洞窟での出会い

目を開けると辺りは薄暗い。洞窟だろうか。 草のようなものが辺り一面に茂っている。どこからか光が差し込んでいるのか、草は微かに光っていた。 よく見ると草自体が光っている。発光するキノコなら聞いたことがあるが、草が発光するなんてあるだろうか。見上げると遥かな天井にもびっしりと何かが生えている。 ここはどこ?あの草は何? 草は光の動きに合わせてゆっくりとシンクロしている。葉に細かい網の目のような模様が光って浮き出ている。見たことのない模様だ。草はふっと動きを止めて京子を見た。

恐怖の草男(7)脱出と再生

ここはどこだろう。 わたしはいつも知らない間に知らない所に運ばれている。京子はそろそろと上半身をした。傍らに看護師らしき女が立って京子を覗き込んでいた。 「気がついた?道端で気を失って倒れていたのよ。一緒にいた人が救急車を呼んでくれたの。待合室にいますよ。呼んで来ましょうか」 部屋に入って来た女は美恵だった。 「わたしたち、脱出出来たのよ」 「あそこは一体……」 「新種の雑草栽培工場、だと思う」 そう言って美恵はちょっと得意げに顎を上げた。 「わたし、実はある組織の実

恐怖の草男(8)新聞記者

その頃、毎朝新聞社編集室では熱い議論が交わされていた。 「植物栽培地下工場に多額の補助金がつぎ込まれている。何しろこのところの葉物野菜の高騰は凄まじいからな」 「近々に食糧危機が起こるというデータ、本当どうか疑わしいと思いませんか」 「データなんてどうにでも捏造できますからね」 「いくら一強独裁の現政府でも、データの操作までするか」 「しますよ、平気で」 「今、米朝終戦条約締結で他のニュースは吹っ飛んでいるが、食糧危機は重大テーマだ」 「隠ぺいするも煽り立てるも権力者の思う

恐怖の草男(9)首相夫人付公務員

わたしの夫も変人というか、妙な性癖があった。肥料の収集癖があって、クローゼットに肥料の袋を山と積んでいた。子供が産まれなかったのは、多分、夫の精子が弱かったからだ。 そのことに引け目があったのか、夫はあれこれ言わず離婚に応じた。 離婚が成立すると夫は肥料の山と一緒に消えた。自分にしがみつかないだけでも有難いことだった。友理奈はハッと腰を浮かした。 わたしの元夫はもしや……。 草男でも精子の弱い種が混じることはあり得る。あの肥料の山は自分の精子に与えるものではなかったか。

恐怖の草男(10)桃源郷

「わたし、詳しく話を聞きたいのです。実は、あの草屋敷を取材してから、京子さんの夫の身元、調べたのですが」 ペンを握ったまま友理奈が語る。 草花正樹が勤める事業団は存在しなかった。令子という娘を精華女子大付属高校に入れているのは事実だ。学資が高いことでも有名な学校だが男の資金源は不明。正樹は “緑の復活”という世界的環境保全団体にかなり高額な寄付を続けているが、過去の経歴は見つからなかった。 「アラバマ州でこんな事件があったそうですよ」 今度は美恵が身を乗り出して語る。

恐怖の草男(11)葉っぱをお金に

「あの地下空間は人工植物栽培工場だ、やっぱり」 友理奈はボールペンを指で弄びながら、 「百年後には地球の人口が九十億を突破して食糧争奪戦が起こると予想している学者もいる。日本は人口減少で食べ物を生産する人手が足りなくなって、世界のどの国より食糧不足になるらしいですよ」 「雑草を食糧化する技術は必要よ、たしかに」 二人の話し声を聞きながら京子は自分が地下に落ちたときのことを思い出していた。 わたしは夫の部屋から地下に落ちたけど、園田さんは男の人のアパートから落ちたと言ってい

恐怖の草男(12)伊豆の隠れ家

中伊豆からかなり南に下った万(ばん)城(じょう)の滝、近くのキャンプ場を過ぎて天城山の奥に入った所にその家はあった。 手近な別荘として都内の住民が建てたが、持ち主が死んで遺産となるも、相続人のうち一人が連絡つかず、二人が相続拒否で荒れ放題になっていた。 『家賃なし、井戸のモーターは市で修理済み。ガス有り。汲取り車月一回巡回。生活面の不便は市が相談に乗ります』 伊豆市はインターネットで広報した。借主が現れず、担当者があきらめかけていた時、美恵の仲介で京子が名乗りを上げたの

恐怖の草男(13)離婚への執念

身軽に動ける今のうちに家に置いてきた冬物の衣服を運んで来よう。アクセサリーで売れるものがあるかも知れない。何回か通って出来るだけ多くの物を持ち出そう。 友理奈に電話で告げると、 「小型録音機を預けるから、家の中の物音すべて録音すること。写真を撮ること。貴重な情報が得られると思うから」と指示された。   美恵は、外気をほぼ完全にシャットアウトするという特殊性のマスクを送ってくれた。 薄暗いころ家を出てバスと電車を乗り継ぐ。夏の盛りの山々、光る川、遠く聞こえるこだまのような水

恐怖の草男(14)もうひとりの男

「久しぶりだな」 がさがさと掠れて乾いた声は前と変わらない。 「何しに来た」 「残してきたものを取りに」 夫は薄い笑いを浮かべた。 「好きにしろ」 「もし会えたらと思って離婚届けを持って来ました」 「君のすることはすべて想定内だ。身内だからな」 身内?そんな言葉は聞きたくもない。 「どうしても離婚したいのなら、令子の親権は俺が取る。分ける財産はない」 「財産は要りません。親権だけ譲ってください」 「大学の学資が出せるか、君に」 「養育費さえ出してくだされば」 夫は土