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病院の怪談「5」~③

私、身元引受人になってしまった。
出過ぎたことをしたかな。いえ、たまには人は出過ぎたこともすべきなのだ。皆、関わりを嫌がって見て見ぬふり。それでは、あまりに世の中、冷たすぎる……。
昭和のお節介おばさんの話、母がよく聞かせてくれたけど、私、今、おせっかい真っ最中。それで綾子さんの晩年が少しでも安らぐなら……。

高層マンション立ち並ぶ市街地の隙間に取り残されたような小さな手芸工房、キミ子はそこの事務員兼営業員。社長は女性、もう三代目で昔からの顧客が多い。高価な着物をリメークしたり、帯をバッグに作り変えたり、すべて社長の熟練の技だ。


土地の金持ちが高価な帯をリメーク出来ないかと持ち込んだり、着物をドレスに作り変えたいと、遠くからも客が訪れる。
世間話からアパート情報を教えたり、パン屋さんを開店したいという人に、その方面に詳しい土地の人を紹介したり、『春風工房』は忙しい。

社長は儲けることには興味がない。古いものを美しく再生することにプライドと自信をもっている。
布の不具合は正直に依頼主に説明する。お世辞やごまかしはしない。
(社長は女だけど男気があるよね。スキだなあ)
給料は安いが社長のそんな人柄に惹かれ、キミ子はもう10年以上ここで働いている。

身なりの美しい老婦人がマンションの花壇で見つけた子猫を抱きしめて途方に暮れていたとき、キミ子はたまたま仕事でこのマンションを訪れていた。

それが最初の出会い

キミ子は古い付き合いの顧客や知り合いに声をかけ、貰い手をみつけようと動き回った。しかし、貰い手は見つからなかった。

「うちの看板猫にしよう」
社長の一声で結局ネコは工房の看板猫になった。今ではネコ好きのお客さんの人気者。ペットフードをもって来る客、写真を撮る客で結構店は賑やかだ。商売の儲けに繋がるかというとそうでもないが。……。

その一年ほど後、
綾子が緊急入院した時に、キミ子は付添った。病院から頼まれて身元引受人になった。
裁判所が決める後見人ではないので、綾子の委任状と病院から出された書類を書くだけで身元引受人になれた。


日常の些細な世話、貯金の出し入れ、買い物、入退院のときの手続きや支払いなどを引き受ける。
「時間を使わせてしまうのだから、お礼、受け取って」
「お礼は要りません。純粋にボランティア。だから辞めたいときはいつでも辞めるし、仕事が忙しい時は仕事優先」
「それで充分です。お金はあっても、身元引受人がいないと入院もさせてもらえないんですね」
「公立病院は入院保証金は取らないけれど、それ以外の病院はまず保証金を出させますからね。綾子さんの手足になってお金をきちんと支払ってくれる人が必要なんですよ」
「単身の老人って……なんか、生きることを許されないみたいね……」

キミ子もそう思う。
顧客から聞いた話だが、単身の高齢者はこの辺りではなかなか家が借りられないらしい。突然死でもされ物件が『事故物件』になるのが怖いとか。
「不動産業はボランティアでも慈善事業でもないからねえ、借主の高齢者が火でも出したり、いや、一番怖いのは家の中で死なれることなのよ」
「住みにくい世の中ねえ」
など取り留めもないことをお客さんと語らうひととき、キミ子は自慢のコーヒーカップでコーヒーを出す。

「綾子さんは立派なマンションをお持ちだから、手続き面さえ整えばどんな豪華病院にでも入れますよ」
「あのニャンコちゃんに、美味しいものでも買ってあげて。息子さんもどこかで豪華ランチでも食べさせて」

「こんなに……必要経費だけで十分です」
「受け取らないと、私、困るの。私を困らせないで」

キミ子は綾子との付き合いが楽しかった。
息子を抱え、女手一人で生きていくのは、いくら社長が良い人であっても、経済的には大変だ。
綾子がネコのため、息子さんのために、と手渡してくれる心尽くしのお金はキミ子にとっては清らかな泉の水のようだった。

綾子さんが若い男に夢中?
ウソー、ただモデルになってあげてるだけでしょう。
バレンタインにチョコ?
暇だからそうしたんでしょう。

幾らなんでも、20代の若者に。いえ、もしかして30代?

病院の検査技師?
ま、まじめな仕事ね。でも、辞めたがっている?
綾子さんをカモにしようとしているのだ、きっと。
大体、病院なんて大きな工場のようなもの。壊れたおもちゃを流れ作業で修理しているようなものよ。流れ作業の係の一つでしょう。レントゲン技師なんて。医者より簡単に資格取れそうだし。

綾子さんがとんでもない目に合わなければいいが。私はただの身元引受人、生活上のことまで出しゃばったことは言えないし……。

キミ子は社長に話してみた。
「いいじゃない?お互いに好きなら。人生最後の恋かも知れないし」
社長はネコを撫でながら微笑んだ。

               続く











大手不動産会社の隙間を埋めるかのように、『春風不動産』は今も生き抜いている。
違い地の隙間のようなが

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