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「第7話」 「第8話」「第9話」

第7話 月光

「きれいなお月様」
暗い部屋の小さな窓から満月を見上げて、
彼女は感嘆のため息と共につぶやく。
彼女の肩を抱いていた俺は、
「うん」といって白い乳房へのばした手を止めた。
純粋な彼女の瞳を見て、
神聖な時を汚してしまいそうな自分の邪気を鎮める。
夜の家路でも足を止めてじっと月を眺める。
俺は、ぼんやりと光を放つその美しい女を後ろから恐る恐る抱いて、
髪の匂いで心を洗う。
女は月が好きだ。何かといつも愛でる。
まるで望郷のような、結ばれない人への慕情のような面持で、
その光に身をまかせる。
男はこの聖女のしもべとなり、この女と、いずれ生まれてくるであろう子らを守ることが自らの使命と月光に誓う。
人生の契約は月下に結ばれる。
それなのに男たちは強い日光の元で己の大望に酔い、
この夜の契りを忘れてしまう。
凶暴な太陽と愚かな男達によって平和な時間が崩れて行く。

第8話 中年男の恋路

職場に明るい茶色で少しチリチリとカールした髪の若い女性がいた。
肌も雪のように白く小柄で、その生まれ持った姿がとてもチャーミングだった。
四十歳を超えたおっさんである私の淡い恋心を揺らした。
ある日彼女が髪を真っ黒に染めストレートにして出社してきた。
今の流行りの髪型である。
「ああ、もったいない。前の方がよかったのに」
口をついたその言葉に彼女はさめざめと泣き出し、最後には肩をゆすって号泣した。
聞けば生まれつきの髪に小さいころからコンプレックスを持っていて、今回勇気をもってイメージチェンジに挑戦したそうだ。
ああ、やってしまった。この馬鹿舌が。いつも軽口で失敗してきたが、今回のは相当にひどい。
自戒と将来の誓いをこめて自分の舌に穴を開け、南京錠を通して鍵をかけた。
そうだ、この鍵を彼女に持っていてもらい、許しを得られたら南京錠を開けることにしよう。
早速、彼女のところに言って思いを伝えた。
「おあんなはえ。。おえをおっええおひー。おえひて」
あれれ、南京錠のせいでうまく話せない。
舌に錠のかかった口をあんぐり開け、そのせいでよだれをたらし、鍵を持った手を突き出す私の姿を見て、彼女は震えあがった。
いなや「いやーっ」と叫んで走って逃げていった。
茫然と立ちすくむ私を若い社員がタックルして、職場は騒然となった。
セクハラおよび変質者行為で懲戒となり退職することになったが、彼女が負った心の傷に比べれば大したことない気がする。
セクハラの意思がなかったと乳首にも鍵をかければよかったかな。
おっさんの淡い恋心の行方はこんなもんだ。みんな一度は通るさ。

第9話 ポップコーン村

この村の女は十九歳になった最初の満月の夜に爆発する。

都会から離れ、隔離されたような辺境の村がある。
山々に囲まれ清らかな水の流れる川と豊かな大地を抱き、山から吹き下ろす風を動力に、昔のままの暮らしを守っている。
その村の女の少女時代はギリシャ彫刻のような整った目鼻立ちに、涼しく光る髪、すらりと伸びた細く長い足と、この世の美の集成とされる姿で、美少女村と呼んでもおかしくなかった。

この子たちがあまねく爆発する。
満月の夜は村のそこかしこでポーンと破裂音が響き、少女が変身する。
そして翌朝、村をあげてお祝いをするのだ。
変身をした少女はボールのように丸くなる。胸とお尻は大きく膨らみ、それに伴ってウェストがぽっちゃり。顔は丸みをおびて、何よりも笑顔が似合う愛らしい女、いや、もはやお母さんだ。
男たちは待ってましたとばかりに求愛し、結ばれ、とても健やかな子供に恵まれる。

こんなわかりやすいサインのおかげで、いさかいもなく、夫婦はいつまでも円満に暮らし、貧しいながらも平和な村であった。
都会の人々がその美と愛を発見するまでは。

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