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「第19話」「第20話」「第21話」

第19話 悪魔の肉塊

その20歳まえの女性は、郊外のこんもりとした小さな森の中にある古い洋館に住み、幼い頃から屋敷の外にあまり出ずに、ひっそりと暮らしていた。
白い肌は透き通り、化粧をせずとも唇は赤く、目の周りに薄紫のシャドウがほのかにかかっていて、細く華奢な体から静かなバロックの調べが聞こえそうな深窓の令嬢であった。
そんな彼女の日々の楽しみといったらもっぱら文学で、本の中のエロスの世界で男女の美しき時をともに過ごすことだった。
大学に進学した彼女は、いつも白いワンピースで長い髪につばの広い帽子をかぶり、日陰を選んで歩き、人と混ざることを避け静かに過ごしていた。そのため誰もが、近寄りがたい聖女として、心を奪われながらも尊い存在と、ただあこがれるだけだった。

ある日、彼女は課題の論文の相談に大学の准教授の部屋を訪れた。
若き准教授は秀才で明るく世話好きで生徒に人気があり、家庭では妻と5才になった娘をこよなく愛する、日向の道を歩いてきた真面目な男だった。
彼は彼女の論文に熱心に指導を進めた。彼の部屋のソファーに並んでかけて、彼女の横顔に語りかけ、彼女は「はい」、「はい」とうなずく時間が過ぎた。だんだんと自分の言葉が遠くに聞こえるようになって、気が付けば彼は彼女のうなじにキスをしていた。
我に帰った彼は慌てた。
彼女は振り向き「先生」と彼を見つめたとき、彼はその瞳に吸い込まれてどこまでも落ちていった。
そしてただただ彼女の白い体を貪り、陶酔の泥が彼を飲み込んだ。
彼は自らのした行為を激しく自戒した。柱に額を幾度もぶつけ、獣のように慟哭したが、もう後戻りができなかった。
幾度も密会を重ね、そのたびに彼は自分を責め、自傷であざだらけになっていった。
ある日、彼が果てるその瞬間に彼女は彼の二の腕を激しく噛んだ。その時彼の全身に電撃が走り、脳の奥に彼女の瞳の映像が刻印された。

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