見出し画像

訪れた国

Episode 13 – Azerbaijan 1
 
空港からバクーへ向かう高速道路から石油を採掘している油田があります。あのシーソーみたいにギッコンバッタンする大きな石油採掘の機械(ポンプジャック)がたくさん並んでいるのが見えます。反対側を見るとザハさんが設計した曲線の美しい斬新なデザインの建物(ヘイゼル・アリエフ・センター)があります。バクーに入るとゾロアスター教(拝火教)を象徴するような炎を模したフレイム・タワーが目に付きます。
ザハさんと言えば、国立競技場のデザインに一度は選定されながら諸般の事情によってキャンセルとなったイラク出身の建築家です。ザハさんが亡くなられた後もザハの名前を付けた建築設計事務所が今もイギリスにあります。一緒に仕事をしたことがありますが、彼らは曲線を多用した独創的なデザインを提案してきます。自然界は曲線でできていますので、曲線を主体としたデザインの構造物は非常に見た目にやさしく映ります(施工は大変なのですが)。
話はそれますが、ヨーロッパではコンクリートを使った曲線を多用する建物や橋梁などが多く見られます。ヨーロッパでは歴史的に鉄は高いものでしたからワイヤー(鉄筋)を緊張させてコンクリート構造に強度を持たせる工法(PC)が発展したことが背景にあります。PC工法の発展と共に曲線を主体としたコンクリート構造物がたくさんデザインされるようになりました。
ヨーロッパに比べて日本の構造物には直線の組み合わせが多く見られます。日本では比較的に鉄が入手しやすかったので、鉄は橋梁や高架橋に多用されたのです。見た目に武骨で完成した時から塗装のメインテナンスが必要な鋼材主体の直線的な構造物は、日本の美しい風景にそぐはないようにも感じられます。都市部では戦後のインフラ整備を急がなければならなかったという事情に依ることもありますが、実用性のみが強調された設計は都市の景観を損なっているように感じます。
さて、中央アジアには~スタンがつく国が多くあります。ペルシャ文化の影響を受けて「~が多いところ」という意味の「~スタン」が国名についているからです。たとえば、カザフスタンはカザフ人が多いところという意味です。
カスピ海を挟んでアゼルバイジャンの対岸のトルクメニスタンはトルコ系の方が多い国と言えます。トルコ系の民族が西へ移動して現在のトルコがあると言われています。したがって、トルクメニスタンもアゼルバイジャンもトルコ語が通じないことはないようです。ただ、アゼルバイジャンはなぜかアゼルバイジャスタンとは言わないようです。
カスピ海に面した首都のバクーは山の斜面に発展した坂道の多い街です。坂の上の方は高級住宅地になっています。また、カスピ海沿岸は平地で大きな公園や新しいショッピングセンターがあり、大都市ならどこでも見られる風景が続いています。
カスピ海の沖合に島はなく対岸の陸地も見えなくて水平線が望めるばかりです。カスピ海は湖というよりも波が寄せてくる海ですから、大きな貨物船が航行していますし、豪華客船によるカスピ海クルーズがあるようです。
食べ物はピザやハンバーガーがありますから食事に苦労することはありません。伝統的なアゼルバイジャン料理は特別に変わったものはなく、インディジョーンズに出てくる食べるときに勇気がいるようなメニューはありません。いろいろな料理がありますが、野菜や果物が豊富でマトン肉が多くどれもおいしくいただけます。また、蒙古に征服された時に伝わったという餃子風の食べ物もおいしいです。
世界で中華街のないところは南極くらいと言われていますが、アゼルバイジャンにも中華街はないようです。しかし、バクーにはちゃんと中華料理屋があります。イランと同様にイスラムの国では豚を使わない中華料理がいただけます。
 アゼルバイジャンではそれなりの地位にある方や専門職、商売上必要な方は英語をお話しになりますが、一般に英語はあまり通じません。むしろトルコ語やロシア語の方が通じるかもしれません。したがって、アゼルバイジャンでは日本語の通訳さんにお世話になることが多いといえます。
 一緒に仕事をした通訳の彼女は国費留学で約2年間日本に留学された経験をお持ちでした。彼女から受け取るメールはすべて日本語です。そういえばウクライナの通訳の方も国費留学で2年ほど日本に留学されていました。彼女も日本語でメールを送ってきました。また、どちらの方も英語が堪能でロシア語にも通じていました。
彼女たちは2年足らずの留学で日本語のメールが出せるようになるほど勉強されたのだと感心します。幕末に渋沢栄一さんが、フランスでわずか2年弱の間に経験されたことを基礎にして日本の近代化に尽くされたことを思い出します。
 アゼルバイジャンの通訳の方は今、英語力を生かしてワシントンで日本以外のG7の国の大使館に勤めておられます。キャリアとして日本語よりも英語を選ばれたのでしょう。日本の組織の運営手法が他のG7と同じではないと感じられたのかもしれません。日本文化が大好きの彼女が日本の組織を経験されたうえで日本を選択しなかったとしたら残念なことです。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?