明日死んでもいいように生きろ?

今日は経済学的な観点で、「明日死んでもいいように生きろ」的な発言について考えてみようと思います。
こんにちは、くつばこ+のうたです。ワインのカルピス割り、結構飲みやすくておすすめなんです。もれなく「おこちゃまだね」と言われることになる気はしますけど。

☆「明日死んでもいいように生きろ」

せんが『余命10年』という本の紹介で、「明日死んでもいいように生きろ、永遠に生きるかのように学べ」という言葉を引用していましたね。特に前半部分をよく聞くと思います。でも、これって変だと思いませんか?高校生の時に経済の範囲の授業を受けたことがあれば、すこしおかしいって思える気がするんですよね。

☆限界効用逓減の法則

限界効用逓減の法則って聞き覚えある人もいるのではないでしょうか。簡単に説明すると、何もない時の1000円と、1万円持ってる時の1000円は、何もない時の1000円の方がうれしいという話です。ビールは1杯目が、それ以降に比べて美味しいみたいな話もよく聞きますね。(うた的には炭酸が苦手なので、1杯目のビールも全然美味しくないんですけどね笑)

☆消費する額を計算してみると?

経済学では、これを発展させつつ、ある人が将来に渡って、どのように消費をするかを考えたりします。ここで、数式を使って計算させたりするんですけど、くつばこ+のnoteでは省略しますね。計算すると、将来に渡って人生が続いていると思っていた時から、ある時点で死ぬと思った時で消費行動が変化します。つまり、寿命がわかった時点で、それ以降に貯金を残してもしょうがないと思って消費を増やす結果になるわけです。つまり、明日死ぬと思ったら、貯金は使い果たしたいでしょうし、好きじゃない勉強はしないわけです。つまり、経済的に考えると、「明日死んでもいいように生きろ、永遠に生きるかのように学べ」は前者と後者で正反対のことを言ってるような気がします。

☆でも大事な気がする

じゃあ、ガンジーの発言が論理的に間違っていて、名言とは言えないと思うかと言われると、そうはならない人が多いでしょう。なぜかというと、人生の楽しみは消費だけじゃないからではないでしょうか。つまり、誰かのためになることをするとか、人生に充実感を得ることができること、言い換えると利他的な行為も、人生の楽しみになるから、共存できるのではないでしょうか。まあ、これでも、最終日に学んだところで、利他的な行為にもつながってないので意味がないのかもしれないですけどね笑。

ということで、経済学の観点から「明日死んでもいいように生きろ、永遠に生きるかのように学べ」について話をしてみました。これは単純に、せんのnoteを読んでたら頭によぎったので、noteにしてみたって話です。経済学的にはちょっと論理破綻っぽい気はしますけど、教訓としては悪くない気がするので、心のどっかにおいておいてもいい気がしますね。

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