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落語日記 コロナ禍における地域落語会の奮闘記

第29回 こぶし寄席「入船亭扇蔵・金原亭馬治二人会 第2部」
11月1日 所沢市 若松町会館
私の落語仲間で、手作りの落語会を開催されている方がいる。その方を仮にK席亭と呼ぶことにする。そのK席亭は、地元所沢の公民館を会場にして、ご自身の好きな落語家を呼んで年に3回か4回、地域の皆さんを対象とした落語会を開催されている。私は5年くらい前から、ときどきお邪魔させていただいている。
今までの出演者は、私が知っているだけでも、三遊亭遊雀師匠、入船亭扇蔵師匠、金原亭馬治師匠、柳亭こみち師匠、三遊亭志う歌さん、春風亭正太郎さん、春風一刀さん、春風亭一花さん、ロケット団さんなど、ベテランから若手まで、K席亭好みのプロの演者さんたちだ。このプロの皆さんへの出演交渉から、広報活動から会場の設営や運営まで、K席亭とそのご家族が手作りで行ってきた。
そんな地域落語会「こぶし寄席」も、今回で29回目の開催となった。コロナ禍の下で、さんざん悩まれ検討されたうえで、開催を決断された。友人としては会場の後片付けのお手伝いくらいしかできないが、そんなK席亭を応援したくて、お邪魔してきた。
コロナ禍における地域イベントのひとつの姿として、その奮闘ぶりを是非とも記録に残しておきたいと思い、今回の落語日記に書かせていただく。

この日は、2月に開催した人気漫才コンビのロケット団出演の回以来で、8ヶ月ぶりの開催となった。新型コロナウイルスの影響や感染状況を考慮して、この期間内に予定されていた玉川太福さんの回や扇蔵師匠・馬治師匠の回は中止するという、苦渋の決断をされていた。それだけに、今回の開催は、地域の人達にとっては待ちに待っていた会なのだ。
前回の開催の際も、イベント自粛の風潮の中、様々な逡巡や苦悩のうえ、取り得る感染症対策に万全を期して臨まれていた。今回も、その後の感染状況を見ながら、様々な対策を検討されて開催することを決断されたようだ。この決断には、地元の人達を自分の好きな演芸で楽しませたいという、K席亭の強い思いが後押しとなっている。
会場の会館自体も、9月頃まで使用禁止となり閉鎖されていたと聞く。地域の皆さん、特に高齢者の皆さんにとっては、気楽に歩いて行ける近所の演芸イベントであるこの会は、大いなる楽しみだったはず。そんな地域の皆さんへ楽しい時間を提供したいという強い思いと、人が集まるイベントでの感染やクラスターの発生という心配事との狭間にあったK席亭。そのなかで様々な思いで逡巡し、感染症に対する様々なリスクを想定すれば開催も躊躇されたことだと思う。そんな状況で、対策も考え抜いてこの日の開催を決断されたK席亭の勇気には、前回と同様に心より敬意を表したいと思う。

今回考えて取られたK席亭の大きな対策は、三密を避けるために会場の定員を思い切って削減したことだ。高座や客席の間隔を広くして、観客の密を避けた。しかし、収容人数が減るということは、観覧を希望する皆さんの期待に応えることが出来なくなるということでもある。そこで取った席亭のアイディアが素晴らしい。この日の開催を、第1部と第2部の二部構成にしたのだ。午前開始の部と午後開始の部に別け、観客を分散させることによって、全体の収容人数を確保したのだ。
また、演者や観客の負担を減らすために、公演時間も1時間として、仲入り無しにして、扇蔵師匠と馬治師匠が各一席ずつとした。本来なら二席ずつ聴ける会なのだが、ご近所さんが気軽に来られる会でもあるので、感染症対策を優先させたのだ。散々悩まれたうえでの結論だろうが、観客としては、何というグッドアイディアだ、と感嘆するばかり。
この構成以外にも、高座の位置をいつもと違う場所に設定して、高座と観客とのソーシャルディスタンスにも配慮された。また、換気に配慮して窓や入り口を開放された。
会場の清掃や消毒も、前日よりご家族皆さんで作業されたと聞く。もちろん、椅子やスリッパなどの備品も丁寧に消毒され、手指消毒剤も準備した受付は、会館の外に机を出して屋外で行うという徹底ぶり。まさに、観客の不安を払拭するための施策と、感染対策の備えに最善を尽くされた。事前のアナウンスもしっかり行われていたようで、観客も午前と午後にうまく別れて入場されたようだ。

このコロナ禍に於いて、お祭りなどの地域のイベントはことごとく中止に追い込まれている。営利事業ではないイベントは、開催の道を探るより中止を選択することの方が容易い。そんな中、少しでもリスクを減らす道を探って、開催にこぎつけた席亭の情熱は素晴らしいと思う。
中止という決断も当然あったはずだし、開催についての反対意見があったとしてもおかしくはない。賛否両論あるなかでの勇気ある決断だったことは、心に刻んでおきたい。

私は、午後の第2部にお邪魔した。番組は、まずは馬治師匠から。馬治師匠ではあまり聴いたことのない滑稽噺「短命」の一席から。
午前の第1部に来られた友人からの情報では、馬治師匠が「片棒」そして扇蔵師匠が「ちきり伊勢屋」の前編を掛けられたと知った。そして、私が聴いた第2部は、馬治師匠の後に扇蔵師匠が「ちきり伊勢屋」の後編を掛けるという構成だった。
この日の主役、主任の扇蔵師匠は、こぶし寄席の二部構成という形式を受けて、「ちきり伊勢屋」という珍しい演目、それもかなりの長講となる演目を前編後編に別けて掛けるという、かなりマニアックな構成で大胆な挑戦をされたのだ。私はこの「ちきり伊勢屋」は初めて聴いた。
この会は気軽に行ける会ではあるが、中身はかなり本格的。この日は第1部の観客は前編しか聴けないし、落語初心者には荷が重い内容の噺でもある。そんな演目だったが、第2部のお客さんを後ろから見ていて感じたのが、皆さんダレることなく、噺に集中され聴き入っていたと思う。これも、こぶし寄席を長年続けてきた効果、落語耳が出来ているというか、観客が聴き巧者になっている証しだと思う。また、扇蔵師匠も、K席亭とお客さんを信じて長講をぶつけてきたのだ。
扇蔵師匠はマクラで丁寧にこの演目のことや構成を説明し、第1部に掛けた前編のあらすじを紹介してくれた。本編も扇蔵師匠の丁寧な語り口が噺の筋書を混乱させず、最後まで観客を引きつけていた。

この演目は、桂藤兵衛師匠から習ったそうだ。粗筋を簡単に記す。質屋のちきり伊勢屋の若旦那が、よく当たるという易者から死相が出ていると死亡宣告される。残された人生で来世に望みをつなぐため善行を積もうと、死期までに全財産をつぎ込み、また茶屋遊びで放蕩の限りを尽くす。しかし、死ぬと言われた期限になって葬儀を行うも結局は死なず、散財のため一文無しとなってしまう。その後、色々あって善行が巡り巡って、最後には若旦那は幸せと掴むという噺。

前方である馬治師匠も、ネタを滑稽噺に徹し、第1部では商家の葬儀に関する噺「片棒」、第2部は伊勢屋の若旦那が早死にするというまたも葬儀の噺「短命」であって、題材がいずれも「ちきり伊勢屋」の筋書きと重なるものであった。
この日の馬治師匠は、会場を温める露払い役に徹し、長講の人情噺の前方として、関連する滑稽噺のネタを持ってくるという、扇蔵師匠の長講に対する見事なアシストを行った。同期のお二人ならではのコンビネーションを見せた。単に一席ずつネタが被らないように掛けるだけではなく、会としての構成を考えたお二人。あえて、長講にツク内容の滑稽噺を掛けた馬治師匠、それに応えて、また観客を信じて、受けよりも落語の底力を発揮してみせた扇蔵師匠。開催にかけたK席亭の努力に、見事に応えた演者のお二人だった。

インフルエンザの流行の恐れもあり、換気が難しくなる冬を迎えるので、こぶし寄席はしばらくはお休みとのこと。来年の春以降に開催を考えているそうだ。小規模だけど熱気と落語愛にあふれる地域落語会として、これからも楽しみに通い続けたいと思う。

第1部

金原亭馬治「片棒」

入船亭扇蔵「ちきり伊勢屋(上)」

第2部

金原亭馬治「短命」

入船亭扇蔵「ちきり伊勢屋(下)」

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