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#1_6 アイドルと歌(初期投資としての歌唱力)

#1系統では「アイドルとは何か」をもとに、アイドルの歴史や存在意義みたいなものを深掘りしつつ、その価値提供、顧客体験の本質を探索していきたい。前回の記事ではアイドルの体験価値を再分化した。

前回は「アイドルと振付」と称し、コロナ禍で振りコピでの双方向性によって話題になるアイドルが多いことを確認した。

今回はアイドルの歌唱力に注目し、
①歌唱力は大きな会場に行くほど必要になる
②歌唱力は投資(=ボイストレーニング)で一定程度まで上達する
の前提のもとに経営戦略的に語っていく。

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最近の食前舌語が感じていること(感想)

(まさかの最初に感想です。論理展開気を付けてたのに元も子もない笑)
最近50人規模のライブハウスに出ている行くことが多いのだが、そのようなアイドルが#3_7記載のFreekさんの対バンのような、Zeepや新木場Coastのような500-1000人規模のライブハウスでライブを行う機会が増えてきている。

その時思う印象の多くが「歌声が聞こえない…」という問題である。
というか、「歌詞が聞き取れないから曲の理解ができず刺さらない」「そもそも声聞こえないんですけど…」のレベル。
おそらくこの辺りはPAで調整できるところもあると思うのだが、やはり腹式呼吸ができているかなどがかかわってくるのではないか。

もうちょっとさすがに歌唱力上げてからこのステージ立とうねと思ってしまうとともに、なぜもっとボイトレしてこないのかと感じる次第である。

人的資本理論における教育投資について

ここで、このnoteでの本質ともいうべき、学問上の議論を進める。
それが「人的資本理論」である。

もともとは「経済学では1物1価(同じものには同じ値段が付く)はずなのに、なぜ労働者の間で賃金が異なるのか?」という問いに対し、ゲーリーベッカー(1964)は人的資本を労働者の能力・知能の総称とし、そこへの投資を教育と位置付けた。
そのため、賃金の差は「人的資本への投資の差」として定義することができるとしたものである。

なお、この問いに対してはもう一つの解釈が存在しており、それがスペンス(1973)の「シグナリング理論」である。
情報の非対称性(AとBにおいて、どちらかがどちらかの情報を確実に手に入らない状況、今回では採用官が採用希望者がどのような能力を持っているか100%把握はできない)に着目し、大卒という肩書そのものが労働者の能力を伝えるものであるとした。

ここにおいて、どのような人物に投資を行うべきかを数学的に算出することが可能となった。
下記の計算式において、左辺がコスト、右辺がリターンであり、コストがリターンを上回れば利益が出るから合理的には投資すべきというものである。

教育

数字に恐怖がある人、戻らないで!!!日本語でわかるから!!
Cは教育コストで教科書代など実費であり、逆にJiは機会損失で、教育を受ける代わりに得られたリターンでその時間アルバイトをしたら得られた金額である。この2つはコストとして失ったものである。
一方、t=1からt=Tまでの期間の間はリターンを得られるが、この利益はそもそも教育で得られるリターンと本来得られたはずのリターンの差で得られる。ただ経済学的には「今貰った100万と1年後もらった100万は同じうれしさじゃないよね…」という概念から、少し目びりした利益になる。(Σは足し算なので利益の合計です。)
この左辺のコストより、右辺の利益が多ければ、投資したほうが合理的だよね、という計算になる。

アイドルにおける合理的な判断

アイドルにおいて先ほど言っていた通り下記でリターンを定義する。
J:50人規模のライブでの収益(1.5万円:チェキ15枚1000円)
K:500人規模のライブでの収益(15万円:チェキ75枚2000円)

ここで、コストを30万円、Tの期間を100回、…って計算したら、もうどう考えてもリターンが出てしまうわけで、ということはどう考えても投資したほうがいい、つまりボイトレに投資したほうがいいという結論になる。

ではなぜすべてのアイドルがそこまでできないか

合理的に考えればすべてのアイドルが一定程度のボイトレを実施すべきという結論に至るものの、実際のところ先述の通り十分なボイトレができていないのが現状である。
これは主に下記が原因と考えられる。

①利子率rが現実に即していない。
ここで「t期後の利益に対して嬉しさは目びりするから、利子率で割る」という行動自体が異なるのではないか?という議論である。
現在の利子率は大体1%もないわけであるが、やはりもっと低いのでは?という考え方である。

②t=0で投資期間が終わるという保証がない
教育における技能の習得において重要なことは「技能習得には個人差があり、どの程度で技能が完璧に習得できるかわからない」ということにある。
これにより心理的にコストが必要以上に増大する方向に印象付けられてしまい、合理的には投資すべきなのに投資を避けてしまった可能性がある。

③機会損失Jが大きい
この機会損失が「その時間ライブに出ていたら…」という話ではなく、単純に遊んでたほうが楽しいから機会損失が大きくなる、なども含まれる。
これに関してはもっと頑張れよ…という話でしかないのであるが、、、

④教育コストCが大きい
意外にこれが大きな原因だと考えられる。というのも、メンバー5人で、コスト30万などかかっていたら、すでに150万の出費であり、そこそこのライブハウスでのワンマンと同じくらいの費用が発生する。
これを即時に用意できる初期の地下アイドル運営がそれほど多くないというのが問題である。
この問題は貧富の差と能力の差に関係があること、すなわち経済環境における教育格差の問題、また教育ローンの充実による教育格差が縮小するという事象と同一の考え方に依拠する。

結論

地下アイドル業界は駆け出しのころの資金不足、またどの程度で上達するかの不透明さや単純にトレーニングより楽しいことを選ぶことなどが要因となり、ボイストレーニングに投資ができていない。
しかし、ボイストレーニングは将来的にグループの規模拡大には不可欠であり、合理的な判断として積極的な投資が望まれる。

閑話休題

逆になのですが、アイドルがシンガーソングライターになる事例は非常に多いものの、そのすべてが失敗している。
これは単にアイドルの中では歌唱力は抜群でも、結局アイドルの中で上手だったというわけであり、アイドル時代に作ったファンという貯金をもとにどうアーティストの中で羽ばたけるかが重要なわけである。ましてアイドル時代を否定するのは…
所詮井の中の蛙…なのだろうか。

【引用文献】
Becker, G. (1964) Human Capital third edition, University of
Chicago Press
Spence, M. (1973) “Job Market Signaling,” Quarterly Journal of
Economics. Vol.87, pp.355―374.

【また参考にしたもの】
佐野晋平(2015)人的資本とシグナル,日本労働研究雑誌. 2015年(4月)(657),pp.4-5
赤林英夫(2012)人的資本理論,日本労働研究雑誌 54(4), pp.8-11
大湾秀雄先生の授業(昔青山大学にいらしたのに、今早稲田大学にいらっしゃるのですね…)

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