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「考えろ」と言いながら、考えさせない大人

◇「考えて行動しましょう

学生のころよく言われませんでしたか?
夏休み前など…

勉強でもあります。
「自分で考えて解いてみてください。」
いざ、解くと「違うよ、それはこうじゃなくて○○だよ」

考えたことに「違うよ」と言われたとき、これが子どもにとって大ダメージになります。
考えてやったことに否定から入られることで、子どもたちはどう感じてしまうでしょうか。

考えることに抵抗を覚えませんか?
考えて、それが間違っていたら否定される。だから、考えたくない。
あなたならどう思いますか?

考えようとしない子には、答えを教えたり、叱ったりしていませんか?
なぜ、考えないのか問いかけましたか?


◇教育とは気づきを与えるもの

気づきを与えるためには、自分で考えないと気づけません。
しかも、外発的動機付けによるものでなく、内発的動機付けによるものであることが大事です。
つまり、大人は自発的に考えさせることを考えなければならない。
そうでないと、本当に変わることはできません。
成長できないのです。

池上さんの本によると、
あるサッカーの強豪校の監督に、どのように選手たちにサッカーを教えているのかをインタビューした学生がいたそうです。
その監督は、「選手の自主性に任せている」「自分で考える力を育てたい」「判断力や創造性を磨いてほしい」とあるインタビューで答えていたそうです。
そして、実際グラウンドで練習を見学したとき、インタビューの内容とは違うように見えたそうです。

選手がパスをすると呼び止め「お前の前はがら空きだったから、あそこはドリブルするべきじゃないの?」
強引なドリブル突破をすれば「右に○○が空いていたよ。なんで渡さなかったの?」

確かに質問はしているものの、質問が具体的すぎてどうしても指示に聞こえたと。

おそらくその監督は、考えさせていると思い込んでいます。
でも、それはその監督の範疇の中だけで。
つまり、選手個人の考えのことは無視している状態です。

選手に考えさせると言いながら、結局は教えてしまう。
なぜなら、どんな場合でもあらかじめ答えが用意してあるから、どうしてもそこに誘導したくなるのです。

では、どうすればいいのか。
ひとつは、「スポーツに正解はない」と構えることです。そうすれば、もっと広い視野で選手のプレーを見ることができるのではないでしょうか。


勉強ではどうする?

勉強には正解があります。
正解があるなら、そこにいかなければならないじゃないか。
でも、そのアプローチの方法は多く存在するはずです。
自分に合ったアプローチ法を気づかせることに焦点を当てる必要があるということです。

そして、最終的に勉強が将来の自分の選択肢を増やすことに気づいてほしい。

島田紳助さんがこんなこと言っていました。
なぜ、勉強したほうがいいのか。
京都大学を卒業した人がマッサージ屋になっていたそうです。
ほとんどの方が「なんで、その選択を!?」となったと思います。

でも、その人は幸せと言っていたそうです。
この人は、日本のトップレベルの大学を卒業した経歴を持つため、一流企業や官僚を目指すことも可能だったはずです。

学歴がすべてではないと思いますが、勉強してるしてないで人生の豊かさが
まったく異なります。

1万円を持っていたら2000円のものを買うこともできる。だけど、1000円しか持っていないと2000円のものが買えないのと一緒です。

こういったことを気づかせることが勉強をはじめとする教育現場の職に就く人のか課題なのではないでしょうか。

知識が増えると楽しいです!
読書を始めてから本当に感じます!

では、また!👋

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