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中国 オックスvsグリーの発明特許侵害事件のその後(2023年4月)

オックス(奥克斯空調股份有限公司、AUX)とグリー(珠海格力電器股份有限公司、GREE)のエアコン特許侵害事件は、本サイトで2021年12月15日に寧波中級人民法院での高額判決(1.67億元)の第一報をご紹介したが、その後の両者の特許紛争の進展は中国でさまざまな理由から注目されている。今年4月23日の世界知的財産の日(IP Day)に、中国の最高知的財産法廷は、関連する民事及び行政訴訟の第二審をインターネットを含めて審理をリアルタイムで公開し、民事、行政の両方で8時間を6万人が視聴したと報じられた。まだ、本件の最終判決は出されていないが、現在までに当方で入手できた、対象特許に関する両者の紛争の経緯と侵害事件の争点を限られた情報の範囲でご紹介する。なお、本件に関わる判決と審決は6月末現在、中国のネット上で確認できない。

1.オックスとグリーの関連特許侵害紛争
 オックスは、既報の通り、寧波中級人民法院での勝訴した事件以外に同一の発明特許でグリーを杭州市と南昌市で提訴している。
 杭州中級人民法院は、2022年8月に寧波同様に特許侵害を認定し、5,800万元の損害賠償の判決を下している。
 一方、南昌中級人民法院は、外部鑑定機構(中国制冷学会)による侵害鑑定の結果の常用技術を利用しており非侵害との判断及び廷内での被疑侵害品に対する分析判断を受けて、非侵害の方向性を示した。それを受けて、オックスは2022年6月に訴訟を取下げている。この理由は不明であるが、対象特許の圧縮機技術は電動機ユニット(モーター)が集中巻き式で、従来技術は分布巻き式で既に多く実施されていること、及び被疑侵害品分解による検証結果、いくつか対象特許との違いがあったようですが、この巻き方式や面積割合の変数の違いが判断に影響したようです。
 グリーは、寧波と杭州の判決に対して、不服で上訴し、第二審は最高知的財産法廷が担当することになりました。

2.対象特許ZL00811303.3の無効取消紛争
 既報にもあるように、グリーは、提訴を受け、係争特許に2020年9月8日に無効取消請求を行い、無効取消審判部は、2021年9月2日付の審決51688号で請求項3と請求項10の請求項3を引用する部分を無効としました。
 グリーは、この審決に不服で審決取消を求める行政訴訟を北京知識産権法院に提訴したところ、法院は、2022年12月に請求項1と2はサポート要件違反(法26条4項)により無効であるとし審決を取消、専利局に再度審査をするよう差戻す判決を下しました。専利局はこれに不服で上訴し、第二審は最高知識産権法廷になりました。

本発明は、圧縮機から外部への潤滑油の吐出を可能な限り抑制し、常に密閉ケース内の底部の油溜りに所定量の潤滑油が溜まるようにして、安定した給油ができる信頼性の高い圧縮機を提供することを目的としている。

請求項1:吸込み管と吐出管19が接続される密閉ケース3内に、圧縮機構部4と、この圧縮機構部を駆動するステータ8及びロータ9とから構成されるモータ部5とを収容する圧縮機において、
 上記モータ部に、上記圧縮機構部から吐出されるガスが通過するガス通路25を設け、このガス通路の全面積に対して、モータ部のステータにおけるステータ鉄心のスロットと巻線との隙間であるスロット隙間部cの面積の割合を、0.3以上に設定した。

適切かどうかわかりませんが、対応する日本特許(3936105号)の請求項は以下の通り:
【請求項1】吸込み管と吐出管が接続される密閉ケース内に、圧縮機構部と、この圧縮機構部を駆動するステータおよびロータとから構成されるモータ部とを収容する圧縮機において、
 上記モータ部は、ステータ鉄心を構成するティース部に絶縁部材を介して巻線する、いわゆる集中巻き方式であり、
 上記モータ部のステータにおけるステータ鉄心のスロットと巻線との隙間であるスロット隙間部の1スロットあたりの面積を、上記圧縮機構部に設けられ圧縮した高圧ガスを密閉ケース内に放出案内する吐出ポートの面積の、0.25倍以上に設定したことを特徴とする圧縮機。

 対象日本特許の審査経緯をみる、審査段階でOAを受けてかなり補正が加えられていますし、中国の請求項と比較してみると、面積を求める対象とその条件が違っている。

 北京知識産権法院は、本発明の要点は圧縮機のモーターの巻き方式を改良するだけで技術的効果を実現するのではなく、スロット部分の面積のガス通路の占有率を増加させるなどの技術的手段により圧縮機外部に漏れる潤滑油量を減少させることを実現することであるとし、
 まず、請求項にモーターの種類の限定はなく、無効審理で明細書の図面が分布巻き式のモーターで対比しているからと言って、集中巻き式だけで、分布巻き式を含まない前提で審理したことの誤りを指摘した。
 次に、面積割合であるが、面積割合をkとするとk≧0.3であるが、この変数が0.3より大きいと、圧縮機性能の信頼性が失われる課題が明細書で指摘されている。以下の図5は、圧縮機のスロット部分の総面積と冷房サイクル量に対する吐出油量の関係の変化を示す曲線図で、スロット部分の総面積の比率が0.3以上になると、圧縮機ユニットに供給される潤滑油が減少するため、機械的損傷の可能性が高まり、外部装置や接続管に不具合が生じ、圧縮機の性能が悪化するという記載がある。

図5

 以下の明細書の図面に基づくと、k=c/a+b+cのように表現できますが、北京知識産権法院は、明細書がk>0.3を実現する技術解決策を示しておらず、ステータの外周切欠き、ロータとステータの間のエアギャップ、スロットの総面積などの変数を限定してk値の​​上限を決める方法も説明されていないとして、サポート要件違反と指摘している。

図2B             図2A

 対応日本特許の審査過程を詳しく確認してはいないが、審査意見を受けて、モータの要件、面積割合の変数の設定を補正したと思われる。筆者はこの技術に詳しくないがこのように理解できる。

3.第二審の行方
 最初に紹介した公開審理は、いわゆる2合一(民事と行政の2つの審理を同時に行う)であり、両方の審理が公開されたようですが、筆者は審理を見ていないので何とも言えませんが、争点は以下のようです。
①特許の有効性
 「発電機」、「スロットC」、「面積比」の用語の範囲の認定、
 技術的特徴の欠如の有無、サポート要件違反の有無、進歩性
 が検討対象
②特許侵害
 公知技術の抗弁の是非、損害賠償算定での特許の貢献度

 中国では、日本にある特許登録後に自発補正をする訂正審判制度がありませんので、無効取消の審査段階で、請求項の補正を提出することができますが、本件では行っていないようです。そもそも、オックスは、グリーを提訴する目的で本件特許を東芝キャリア社から買い取っているので、圧縮機技術をもっておらず、適当な技術者もいないと想定されるし、代理人弁理士も適切な対応をしたように思われない。いずれにしても、北京知識産権法院や最高人民法院の裁判官は、対応日本特許の審査経過を確認していることが想定されるため、無効審理の差戻しになる、つまり、特許が無効となる可能性が高いと予想するのは普通かもしれない。

 余談ですが、オックスは2017年以降、グリーから特許侵害で27回提訴され、すべて敗訴している。逆に、オックスは何度かグリーを提訴しているが全て敗訴している。こうしたなか、オックスがグリーの製品を分解し、その部品の10件以上を実用新案特許出願し、これに気付いたグリーがすべて無効にしたことが報じられています。オックスが何故このようなことをしたのかわかりませんが、技術力欠如がこのようなことに走らせたのか、グリーから何度も特許侵害で提訴されたことに対応するためかもしれません。こうした情報が流されるのは、オックスにとっては恥の上塗りともいえますが、いずれにしても、オックスは対象の圧縮機を製造しておらず、技術知識に問題があるだけでなく、他社特許を買取り、権利行使したことが、不正競争行為や特許の濫用、或いは不当な制限にあたるとの争点も出てきそうな雰囲気もあります。個人的にはパテントトロールと同じで、提訴自体に合法性はあるように思いますが、何となく流れとしては、特許無効、一審判決取消、になるように思われる。

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