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中国 オックスvsグリーの発明特許侵害で1.67億元(約29億円)の賠償判決(2021年12月)

12月初めに寧波中級人民法院がオックスvsグリーの2件の特許侵害訴訟で下した1.67億元の賠償命令は中国の知財関係者でも大きな話題となっている。判決や審決、SNSのコメントを参照した範囲で以下のように事件概要をご紹介する。資料が限定されているため確認不足がある点はご了承ください。

オックス(奥克斯空調股份有限公司、AUX、大手家電等総合メーカー、年商700億元、浙江省寧波市)はグリー(珠海格力電器股份有限公司、GREE、大手家電メーカー、年商2000億元、広東省珠海市)のエアコン2製品が自社の保有する発明特許ZL00811303.3(コンプレッサー)を侵害するとして、2019年に寧波中級人民法院に提訴した。この事件は、2021年9月の国家知識産権局の無効取消審決(一部無効)を受けて、この12月初めにそれぞれ結審した。この判決では以下の点が注目される。
1.係争特許が自社の開発技術ではなく、東芝キャリア株式会社から譲受した特許権であること
2.当該特許権は提訴の翌年に満了したことによる損害賠償の対象期間の認定
3.損害賠償算定方法、販売金額、寄与率の認定

1.対象特許ZL00811303.3
 
係争特許は、冷凍機や空気調和機に用いられる圧縮機であり、日本基礎出願1999-227540(1999.08.11)に基づくPCT出願PCT/JP2000/005387(2000.08.11)、同公開WO2001/012992(英語 2001.02.22)の移行出願で、発明特許ZL00811303.3(登録2004.9.29 CN1168903C、請求項1~13)で登録になった。日本の基礎出願とPCT出願では請求項の編成が異なるため、本件特許の請求項は対応の日本特許出願の公開と分割出願後の特許4550843に類似する。

要約(請求項1と10含む)と代表図は以下の通り:
 圧縮機外部への潤滑油の吐出を可能な限り抑制して、常に密閉ケース内底部の油溜り部に所定量の潤滑油が溜まるようにして、安定した給油をなし信頼性の高い圧縮機を提供しようとするものである。
 吸込み管と吐出管19が接続される密閉ケース3内に、圧縮機構部4と、この圧縮機構部を駆動するステータ8およびロータ9とから構成されるモータ部5とを収容する圧縮機において、上記モータ部に、上記圧縮機構部から吐出されるガスが通過するガス通路25を設け、このガス通路の全面積に対して、モータ部のステータにおけるステータ鉄心のスロットと巻線との隙間であるスロット隙間部cの面積の割合を、0.3以上に設定した。
 上記モータ部は、ステータ鉄心を構成するティース部に絶縁部材を介して直接巻線する、いわゆる集中巻き方式であり、かつステータのスロット数を6スロットないし12スロットとしたことを特徴とする。

 係争特許は権利者名義が譲渡前に東芝キヤリア空調システムズ株式会社から東芝キャリア株式会社に変更されたが、判決書によると2018年12月4日に東芝キャリアからオックスに譲渡契約が成立した模様で、国家知識産権局の記録によると12月11日に名義変更手続きがとられ、12月21日に発効している。なお、譲渡契約書には譲渡人が権利行使していない侵害について譲受人が引継ぐ条項があるようで、その条項に基づき、グリーを提訴したようである。欧米の知的財産権の譲渡では譲渡人がこうした提訴権利を維持する或いは放棄するなど明確に契約書に記載することはよく見られるが、本件では意識的に明記されたように思料される。
 被告のグリーは提訴を受け、係争特許に対して、2019年5月、7月と2度も国家知識産権局に無効取消手続きを行ったが、いずれも不備があったのか、代理人の変更などもあり途中で終了し、改めて2020年9月8日に無効取消申立を行い、10月9日に補充意見書を提出し、最終的に先行特許4件と公用の附帯証拠12件に基づく無効を主張した。結果的に、主に、CN1279356(密閉型回転圧縮機、三洋電機株式会社、特開2001-12374)が新規性、進歩性の引例となり、9月2日付で請求項3と請求項10で請求項3を引用する部分を無効とする審決51688号がだされた。

被疑侵害証拠
 
原告オックスは、グリーのエアコン製品の2機種のKFR-35GW/(35592)FNhDA-A3とKFR-26GW/(26592)FNhDA-A3を被疑侵害品とし、KFR-35GW は2018年5月18日から京東、天猫などのECサイトでの証拠収集を開始し、2018年6月20日に当該製品を公証購入した。KFR-26GWについては2018年6月25日から天猫などのECサイトでの証拠収集を開始し、2019年1月24日に当該製品を公証購入した。

 また、グリー製品の販売価格や売上高についても、ECサイトでの販売価格、グリーの年次報告、ネット上での販売数量、中国家用空調行業産鎖閲読研究報告などから販売価格、数量、営業利益率などを保全収集した。

寧波中級人民法院での係争概要
1.2019浙02民初165号 (対象被疑製品① KFR-35GW/(35592)FNhDA-A3)
原告 奥克斯空調股份有限公司
被告 珠海格力電器股份有限公司、寧波甬格信息科技有限公司
訴訟受理 2019年1月27日
管轄異議 (2019)浙02民初165号裁定却下、(2019)最高法知民轄終41号裁定原審維持
開廷審理 2021年7月19日、10月15日
原告の訴訟請求
 ①グリーが製造販売するエアコンKFR-35GW/(35592)FNhDa-A3が本件特許権を侵害することの確認
 ②甬格と京東サイトでのグリーの侵害品の販売、販売の申出行為は本件特許権を侵害することの確認
 ③グリーによる詫び状とそのネットサイトや法制日報など指定メディアでの広告による侵害影響の除去
 ④甬格と京東サイトによる販売と販売の申出の停止
 ⑤グリーによる被疑侵害品の製造販売の停止と9600万元の損害賠償の支払い
 ⑥グリーによる原告の合理的支出20万元の支払い
 ⑦被告による訴訟費用の負担
被告グリーの抗弁
 ①係争製品は本件特許の保護範囲に入らず侵害を構成しない
 ②被疑侵害品は従来技術を使用しており、本件特許権を侵害しない
 ③賠償請求額には事実と法律根拠がない。
裁判所の事実認定
 1.本件特許 ZL00811303.3 2018年12月4日にAUXに譲渡され、譲渡前の第三者の権利侵害訴求権を含めて譲渡された。本件特許権は2018年8月11日に満了している。
 2.特許クレームの確認 1~13
 3.本件特許にグリーが無効取消を申立、2021年9月2日に審決51688号が発行され、請求項3と請求項10で請求項3を引用する部分が無効となり、それ以外は有効。
裁判所による判断
1.請求項1と10を侵害している。
 2月25日付の国家工業情報安全発展研究中心第62号鑑定書に基づく判断、スロット隙間部cの面積の割合は0.67と請求項1に入る。また、ステータのスロット数が9であることは請求項10の6スロットないし12スロットと均等と判断できるため請求項10に入る。
2.従来技術による抗弁は成立しない。
 公証付きで提出された20年に亘る公用証拠は本件特許の図2Aと比べ、従来技術による抗弁に適切な証拠でない。
3.原告の主張する損害賠償額算定の合理性
 損害賠償額(逸失利益)の算定は、以下の3要素の算定に基づくべきである。侵害利益=侵害品販売額*侵害品の合理的利益率*本件特許の合理的貢献度
3.1 販売数量の確定
 時効の3年間により、起訴日2019年1月27日から遡って2016年1月27日から権利満了の2020年8月10日までの54.5か月を対象期間とする
 侵害品販売額はネット上での各年度の毎の販売額を認定、合計で952,303台、303,919万元
3.2 利益率の確定
 年次報告書の各年度の事業全体の利益率(0.148~0.174)を適用、利益総額は49,433万元。ハイアールや美的の場合0.10となっている。
3.3 特許の貢献度
 原告の専門家補佐人の提出した貢献度比較評価から特徴回帰法による29.26%を採用する。
3.4 損害賠償額
 利益総額49,433万元*貢献度0.20=9,886万元、従って、原告の請求額9,600万元を支持
3.5 原告の差止に係る合理的支出は原告の請求額20万元を支持
判決
1.被告が製品① KFR-35GW/(35592)FNhDA-A3を製造販売する行為は本件特許権を侵害する
2.被告は損害賠償額9,600万元と合理的支出20万元を原告に支払う
3.原告のその他の請求は却下する

2.2019浙02民初183号 (対象被疑製品② KFR-26GW/(26592)FNhDA-A3))
原告 奥克斯空調股份有限公司
被告 珠海格力電器股份有限公司、寧波市江北天澤家電維修部(李鋒)
訴訟受理 2019年1月27日
管轄異議 (2019)浙02民初183号裁定却下、(2019)最高法知民轄終14号裁定原審維持
開廷審理 2021年7月19日、10月15日
原告の訴訟請求
 ①グリーが製造販売するエアコンKFR26GW/(26592)FNhDa-A3が本件特許権を侵害することの確認
 ②天澤と天猫、蘇寧サイトでのグリーの侵害品の販売、販売の申出行為は本件特許権を侵害することの確認
 ③グリーによる詫び状とそのネットサイトや法制日報など指定メディアでの広告による侵害影響の除去
 ④天澤と天猫、蘇寧サイトによる販売と販売の申出の停止
 ⑤グリーによる被疑侵害品の製造販売の停止と9800万元の損害賠償の支払い
 ⑥グリーによる原告の合理的支出20万元の支払い
 ⑦被告による訴訟費用の負担
被告グリーの抗弁 2019浙02民初165号と同じ
裁判所の事実認定 2019浙02民初165号と同じ
裁判所による判断
1.請求項1と10を侵害している。2019浙02民初165号と同じ
2.従来技術による抗弁は成立しない。2019浙02民初165号と同じ
3.原告の主張する損害賠償額算定の合理性 2019浙02民初165号と同じ 3.1 販売数量の確定 2019浙02民初165号と同じく、2016年1月27日から権利満了の2020年8月10日までの54.5か月を対象期間とする。侵害品販売額はネット上での各年度の毎の販売額を認定、合計で773,911台、216,913万元
3.2 利益率の確定 2019浙02民初165号と同じ
3.3 特許の貢献度 2019浙02民初165号と同じ
3.4 損害賠償額
 利益総額35,299万元*貢献度0.20=7,060万元、従って、原告の請求額9,800万元を部分的に支持
3.5 原告の差止に係る合理的支出は 原告の請求額20万元を支持
判決
1.被告が製品① KFR-35GW/(35592)FNhDA-A3を製造販売する行為は本件特許権を侵害する
2.被告は損害賠償額7,060万元と合理的支出20万元を原告に支払う
3.原告のその他の請求は却下する

以上の通り、2件の侵害事件での賠償額は1.666億元、合理的支出が40万元と合計1.67億元(約29億円)の支払いがグリーに命じられた。本判決により、当然ながらグリーが最高知識産権法院に控訴することになろう。

本件の評価と中国国内での本訴訟に対する反応
1.原告の侵害確認から提訴までの訴訟準備は一般的な手法であり、貢献率を専門家の分析報告を活用した点を除いて、特に注目する点はない。
2.裁判所の侵害判断は外部鑑定機関の判断に依存していることは、技術調査官が採用される情況が増えている現状ではやや古い対応である。侵害事実認定については、スロット隙間部の認定が適切かどうか、ステータのスロット数での均等論の適用が適切かどうかは今後の争点になる可能性があろう。
3.販売数量の確定は、原告の主張が主にECサイトでの販売数量を主張している点から問題はない。
4.侵害期間の認定で時効期間を適用し、特許権を譲受した時より前の侵害を譲渡契約に依拠し、係争中に満了した時までとしたのは、これまでの判例にはないと思われ、初めての判例と思料する。
5.特許の貢献度の算定では、原告の提出した専門家の分析報告に過去の事件での最高率81.97%、平均率56.79%、最低率28.7%、及び製品の価値等による特徴回帰法での29.26%の資料から29.26%を選択した。なお、原告は過去の事件の平均値に基づく賠償額を主張した。この寄与率の採用は今後の争点になる可能性が高い。
6.中国国内では、グリーはオックスの製品に対する特許権侵害訴訟を2015年から数件提訴しており、2018年の広州での敗訴(4600万元、悪意の認定含む)や公表された性能が事実と違うとの行政投訴による処分を受けたことで多額の損害が生じており、これらに対する報復訴訟であると報じられている。
 特に、オックスは2017年のグリーに対する訴訟で特許無効による敗訴などがある状況で、何とか反撃を狙っていたところ、コンプレッサーの技術開発も生産もしていない(当職は未調査)にも関わらず、本件の侵害証拠の収集は東芝キャリアから本件特許の譲渡を受ける前から行っており、特許権利期間の満了間際の特許権を取得して、販売数量の大きな製品を対象に1.9億元の賠償を求めて提訴した特許マフィア的な報復と批判的な声が多い。

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