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「花屋日記」18. 男性と花束のリアル。

 女性に花を贈る男性、とくに日本人の場合、私はなかなかそのイメージを描けなかった。お金持ちでキザな人? 女の子の扱いに長けているプレイボーイ? 漠然と、そんなふうに思っていた気がする。男性が日常生活のなかで女性に花を贈るシーンなんて、映画でしか見たことがない(もちろん自分も花なんてもらったことがないし)。

 しかしある日、私はついにそのリアルな場面に遭遇した。夜遅く訪れた若い男性のお客様が、4年目の記念に恋人へブーケを渡したいとおっしゃったのだ。アクセサリーと一緒に渡すのだという。(箱の中はやはり指輪だろうか…?)
「では4という数字を際立たせましょうか。愛や情熱を意味する深紅のバラで4をかたどったラウンドブーケなどいかがでしょう?」
と、こちらもわくわくしながら提案すると
「いいですね、お姉さんのセンスに任せます」
と照れくさそうに言われた。せっかくの記念日なのだ。私はほかにビバーナム(花言葉: 誓い)やブプレリウム(花言葉: 初めてのキス)などを合わせたものをお作りして、その意味もお客様にお伝えした。これ以上、盛り込めないくらいの「愛情ブーケ」だ。

「そうだ、せっかくなのでメッセージカードも添えませんか?」
 カードとペンをお渡しして店内のテーブルをご案内すると、その方は何度も内容を読み直しながら、長いメッセージをお書きになられた。4年間のお二人の愛情と歴史がそこにいっぱい詰まっているのだろう。私はそのカードを大切に受け取り、ブーケに添えた。
 会社帰りに突然、大きな花束とアクセサリーを持って会いにくる恋人のことを、お相手の方はどんなふうに思うのだろう? 今日という日が、お二人の人生の中でいったいどんな意味合いを持つのか、後からこっそり教えてほしい気がした。

 そのお客様がお帰りになられた後、一部始終を見ていた若い短期スタッフが
「あんな優しい男性もいらっしゃるんですね…!」
と驚いたように呟いた。
「お花屋さんは大変だって聞いてましたけど、お客様がみんないい人でびっくりしました」

 私はそれを聞いてとても嬉しかった。自分のお店やお花を褒められるより、お客様を褒めてもらえることが何よりの勲章のような気がする。お客様方の愛情や思いやりが、ここを特別な場所にしてくれる。その瞬間を体験することこそ、私たち花屋の特権なのだろう。

 店内にはまだ、あの方のあたたかい愛情が残っている気がした。
売れ残った花たちでさえ、今日は幸せそうに桶の中で微笑み合っている。

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