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屋上のながめ

大学に入学して最初に親しくなったのが、鈴木くんであった。
教室で見かける顔のまだ区別のつかぬ頃、鈴木くんの方から声をかけてきた。何を話したのか、全く記憶がないのだけれど、鈴木くんの一言で、直ぐに親しみを覚えた。
柔和な顔付きも、育ちの良さそうなおっとりした茨城弁も取っ付き易く、誰とでも分け隔てなく話すであろう軽さが心地よかった。

鈴木くんは授業が終わると、よく友達を訪ねた。一緒にいることの多かった私は、流れとしてついて行くことになるのだが、学生の住まいとなれば、大概、民家の立て込んだ街の一角の安アパートといったところなのだが、なかには、小綺麗なマンションに暮らす学生がいたかと思えば、路地奥の昼のうちから薄暗い穴蔵のような部屋に通されたこともあったりして、上京したての大学一年生にとっては、全くもっていい経験の連続であった。

当時、私は学生寮に入っていた。
一、二年生は、原則二人部屋という決まりのある寮で、私は二段ベッドの上で、寝起きしていた。相部屋の田島くんは、色白細面の生真面目そうな学生で、一緒に生活していてなんの不都合も無かったけれど、それでも一人部屋にいるように、見も心も解き放して寛ぐというわけにはなかなかいかなかった。食堂で食事をとっていても、ホールでテレビを見ていても、隣には必ず誰かがいて、気持ちの何処かには、いつも集団生活の遠慮と気遣いがあった。
早く三年生になりたいものとは、常々思っているところであった。

日曜日の朝には洗濯をする。洗濯物は、四階屋上の物干し場に干すのが決まりとなっている。
寮は高台にあり、屋上からは東京の市街地が一望できた。遥か彼方に新宿の高層ビル群が、望めた。大パノラマを見ていると、気持ちが晴れやかになっている。
私は、大きく伸びをした。寮でいちばん寛げる場所が、ここであることに気がついた。

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