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【四十五歳中央アジア紀行2日目】飛んでアルマトイ、そしてタシュケント

1日目の旅行記はこちら

 十一月三十日。四時間ほどの睡眠で目覚ましが鳴る。東横インの朝食は七時からであった。ソウル駅発8:10の仁川空港鉄道の直通列車を予約していたので、五時四十五分に起きなくてもいいはずだ。だが、私は己の睡眠欲を打倒して、激しく起床し、熱いシャワーを滝行のように猛烈に浴び、長い機内と乗り継ぎ時間に向けた機内持ち込み荷物を改めて整えて、脱兎のごとくソウルの街へと飛び出した。六時二十分のことである。
 細やかな滞在であっても韓国の本格的な味を楽しみたいからである。
 昨夜とは違う駅であるソウルメトロ一号線の永登浦駅まで徒歩十分ほど。寒波到来氷点下マイナス八度。昨日の浦和は二十度近くあったのに、いきなりの真冬。
 九州よりも西にあるのに、日本と同じ時間帯。外は真っ暗。それでもソウルの朝は早く、サラリーマンやOLがバス停に行列を作る。

 昨夜と同様に可読できない行き先表示に相変わらず困惑しつつ、とりあえず乗ったソウルメトロ一号線は確かにソウル駅方面に向かい、安堵する。
 漢江の鉄橋を渡る。
 この鉄橋が朝鮮戦争の初戦にて奇襲で押し寄せてきた北朝鮮軍から撤退する韓国軍が、まだ避難民が渡り終えていないのに爆破破壊した漢江人道橋爆破事件の橋かと一瞬思ったが、これは鉄道橋なので違う。
 ソウル駅の一つ先、市庁駅まで行きたい。それなのに漢江を渡ってすぐの龍山駅で車内の乗客全員が下車した。どう考えても当駅止まり。車庫にいってしまっては堪らないと下車する。通過していく韓国の高速鉄道を見ながら、十分ほど待って、次の列車が来ると、車内に残る乗客がいたので、安心して乗る。

 この時点で七時を過ぎていた。朝食に時間をかけて、空港鉄道に間に合わなければ、食欲に溺れて失敗というポッチャリそのものの誹りを受けることとなる。だが、私は己の信念に従った。
 三駅目の市庁駅で降りる。七時十二分着。市役所があるソウル市の行政の中心。まるで中学生の時の自分のような趣きの少年の銅板がある。写真を撮って妻にLINEすると、「血の繋がりを感じるね。」とすぐに返信が来る。
 だが、銅板の彼はきっと頭が抜群にいいんだろうな。アホな自分の中学時代とは違う。
 外までの階段にエスカレーターやエレベーターは発見できず、重いスーツケースを力んで運び上げる。
 プゴクという干し鱈のスープの専門店「武橋洞(ムギョドン)プゴグッチッ」まで徒歩五分。地元の人にも人気店らしく、七時からのオープンで、こを食べんとする現地ビジネスマンで店内はいっぱい。
 メニューは一つ。席に座るや、希望を聞かれるまでもなく、付け合わせの水キムチや小さなエビを漬け込んだ薬味などが運ばれ、一分もしないうちにメインの干し鱈スープとご飯が運ばれる。テーブルの真ん中に固定されている金属の容器にはキムチやニラがある。
 メニュー一つの早さたるや。
 多角経営はいかん。本業一本こそが事業成功の定石だと、将来来たるであろう日経新聞掲載の社長の履歴書にて、私はこの店の方針に事業成功の気づきを得たと書かんとする。
 要するに、すぐ運ばれたことによって、私は韓国の朝食を堪能したことに浮かれているのだ。
 スープをずるずる啜り、その優しく暖かい味わいは五臓六腑に染み渡り、水キムチの爽やかさに身が引き締まる。我が早朝の奮闘による褒美に相応しかった。

 十五分ほどで食べ終え、予定より十分早い地下鉄に乗ることができた。一駅目のソウル駅で降りる。
 初めてのソウル。空港鉄道の駅を目指し、頭に入れていたコネクトという韓国観光情報サイトの案内を頼りに、地下通路を歩く。徒歩十五分ほどで時間通り。迷うことなし。例えば、あなたが初めて大手町駅の地下鉄千代田線ホームに降りたったとして、そこか、東京駅京葉線地下ホームへの乗り換えがスムーズに行くだろうか。私は誇る。

 空港鉄道の改札から地下七階のホームに降りると、すでに空港鉄道の直通列車が停まっていた。空港鉄道は二種類あり、普通列車と、例えるとスカイライナーの仁川空港までノンストップの直通列車。
一度乗ってしまえば、身を委ねるのみ。時間通り五十八分で仁川空港第一ターミナルに到着。

 トイレへ立ち寄り、すぐに出発階へ。
 大行列にゾッとしたが、エア・アジアの列であり、隣のエア・アスタナのカザフスタンはアルマイトへの便はそこまでではない。とはいえ十五分くらい待って、チェックイン。スーツケースはタシュケントへスルーだ。ほつれた糸が切れてスーツケースの中身が飛び出さないか祈る。
 エア・アスタナはカザフスタンのフラッグキャリアで、中央アジアで最も品質の高い航空会社だとウェブサイトで誇っている。二週間前に断念したトルコ行きもアルマトイまでは同じ行程だ。ただ乗り継ぎの時間がイスタンブール行きの場合は三時間弱だか、タシュケント行きは七時間待ちであった。
 退屈に違いない。カザフスタンへ入国するとして、何をしよう。まあ、その時考えればいいのだ。
 出国する。
 干し鱈スープを飲み干して、三時間も経っていないのに、フードコートへ行く。
 韓国の味を追加したい。冷麺を食べておきたい。
 されど氷点下の日である。冷麺がない。カルビクッパを喰らうか。完全に冷麺の口となっていたので、オレンジジュースだけ買う。
 オレンジジュースは済州ミカンジュースだろうか。そう思うと韓国の味を喉で味わったなと思うことにする。

 仁川空港は広く、ゲートは端の方だった。
 隣は成田行き。乗り間違えては元の木阿弥だ。

 機内に入ると、当然ビジネスクラスではなく、エコノミークラスへ向かう。
 CAは誰一人としてマスクをしていない。
 そして、私の隣の真ん中席に陣取る中央アジア系の若者たちも誰一人マスクをしていない。マスクが当たり前だった日本や韓国を離れ、ついにノーマスクが基本の国に行くのか。テレビで伝わる世界各地でのアフターコロナが、今この瞬間私の目の前にやってきた。
 あまり飛行機に乗る機会はないが、飛行機になる際は必ず最後尾に近い窓際を選ぶ。窓際は外を見たいからである。最後尾は空いている可能性が高いからである。通路側に人が来ないことを祈る。通路側に人がいたとしたら…‥。
 機内食にてビールを飲み、ワインを飲む。時期に襲う尿意。その波は徐々に強くなる。されど門番のように塞ぐは隣の人であり、寝ているか、映画を集中して見ている。私は直接対峙する相手には主張できない人間だ。我慢する。身体を捩るほど我慢する。気持ち尻を飛び跳ねさせて我慢する。ちょっとした衝撃で漏れそうになったその時、意を決して隣の人に声をかけてトイレへ行くも、トイレは全て塞がっている。地獄のような時間。そして一度出しても油断はできない。ビールの私への利尿作用たるや尋常ではなく、十分後にトイレへ行きたくなる。この苦悶が続くのだ。あまりに真剣に悩んで、ある時は簡易トイレを持ち込もうとしたほどである。
 妻は言う。
「なら、最初から通路側にすればいいじゃん。」
 景色が見れないだろうが。
 離陸と着陸の街の風景は窓にかぶりついて見たい。そして、飛んでいる最中も雲がなければ、下に大地が広がる。下が海でも時に島が見える。フライトマップと睨めっこして、現在地の地形を眺めたい。

 今日のフライトは最高であった。
 席はほとんど満席。しかし私の隣にだけ人は来なかった。真ん中の三人席の真ん中すら埋まっているのに、通路側の好座席がである。ここまで奇跡的に空いていると、何やらが学校の何かしらの組合わせの中で最後の一人になってしまった孤独さを彷彿させるが、これは光栄なる孤独だ。
 離陸した飛行機からは、江華島事件でお馴染みの江華島など、仁川沖の様々な島が見え、その向こう側の大地は北朝鮮だろうか。黄海上は大いに揺れ、このまま海の藻屑と消えてしまうのではないかと、肘掛けの端をグッと強く握る。
 黄海が文字通り黄色い海となったあたり中国上空になると、雪景色だった。下界は世界で最も厳しいコロナ規制中の国。上空は機内なのにノーマスクがほとんど。それぞれの現実が交差して、飛行機は河北平原にある天津と北京の南側を飛んで、黄土高原に入る。
 中国の道路は整っており、まっすぐ一本に伸びる高架橋は高速鉄道か。上空からでもわかる中国のダイナミズム。だが、もう少し北を飛べば、山の稜線上に連なる万里の長城が見えるのではないかと残念に思う。植生が乏しくなって黄土高原となり、やがて砂漠となる。シルクロードの始まりである。
 牛肉のあんかけビーフンの機内食をむしゃむしゃ喰らい、一緒に頼んだビールと白ワインを胃に注ぐ。ビールはおおらかに500ml缶一本。エア・アスタナ最高という心の絶叫と同時に、頻尿のゴングが鳴らされり。されど、今日は問題なし。トイレへの道を突き進む私を押しとどめるものは誰一人いやしない。気兼ねなく頻繁に排出する。
 天山山脈を見ながら、近日発生しているゼロコロナ政策への反対デモのきっかけとなったウルムチ上空を鳥のごとく飛び、しばらくすると下は雲が覆うようになった。
 プライムビデオでダウンロードしてあった東京03のコントをiPadで見ているうちに、いつの間にやら国境を超え、着陸体勢に入り、熱い雲を抜けると、黄色い大地や家々が見えた。
 砂が積もっているのか。積もった雪が黄色っぽく見える。

 定刻より一時間遅れて、アルマトイ空港に着陸すると、外はみぞれ混じりの雨のよう。外気温は0度。
それなのに、沖止めだった。
 機内で前にいた二、三歳の男の子にCAがフードを被せた理由がわかる。
 旧ソ連の構成国に立ち入るのは初めてである。
 カザフスタンは独立したものの、社会主義国家の残滓的な制度がいくつも残る。
 乗り継ぎ時間が六時間以上あったので、入国したところ、早々に洗礼を受ける。
 どでかい警察犬が足元をまとわりつく。
 私と同じモンゴロイド。しかし、全く異文化で育ったであろう税関職員が「お前はいくら現金を持っているんだ?」と聞いてきた。
「アバウト、エイトハンドレッドダラー?」
 慌てて適当なことを言うと、別室に来いと言われる。
「ジャパン、イエー!」
 ドイツを破った日本代表のことを言っているのか。
「イエー。」と返しながらも、旅慣れていないので、気が気ではない。
 小部屋に入って税関職員はそこに座れという。
「改めてキャッシュを教えろ。」
 私は財布を取り出すと、
「ノーノー、ユア、キャッシュ」
 あ、私はスマホに持ってきた現金を一ドル単位でメモしていたのだ。日本語だが、それを見せる。
 納得したのか、解放される。
 そして、「タクシー?」「タクシー?」
 五人くらいの白タクドライバーがまとわり付く。とりあえずトイレへ逃げる。
 アルマトイ。
 元から、何をして時間を潰そうか悩み、いまだに解決していない私にとって魅力に乏しい街だった。トイレから出ると、とりあえず四十ドルを両替して、目についた食堂へ行き、熟考しようと考えた。
 ケースに並んだ食事に指を挿して食べたいものを言うカフェテリア形式の食堂であった。適当に指をさして、コカ・コーラも注文する。四千九百三十テンゲ。日本円にして千四百円強。
 これが千四百円の味か‥‥。
 カザフスタンの印象がすっかり悪くなる。
 子供達とLINE通話で話しながら、ボソボソと食べる。外に出てとりあえずカザフサタンの空気を吸うと、二階に上り、出国する。まだ十八時。搭乗開始まであと四時間。

 待つ。
 免税店でビールを買う。トルコのエフェスビール。
 Wi-Fiが使えるシールが貼ってある。しかし、捕まえられるWi-Fiは飛んでいない。旅行記を書いては、知り合いとやり取りしながらひたすら待つ。
 モスクワやトビリシ行き。旧ソ連圏の行き先の飛行機が飛んで行き、一時ロシア人が増え、消えていく。
 「アルマトイの夜」d待つこと四時間。ようやくタシュケント行きの便に搭乗する。エンブラエルの小さな機材。
 乗り込むと、程よく混雑する機内。通路を挟んで二対二の狭い座席が並ぶ。されど、今回も私の隣には誰もいない。
 飛びたつと思っていた以上に大きいアルマトイ市街の夜景を一望。
 やがて雲の中に入って何も見えなくなり、機内食で出た味のないサンドウィッチを水で流し込む。一時間ほど飛んで、着陸大勢に入るとタシュケントの街が見えた。雨や雪は降っていなさそう。
 現地時間二十三時過ぎに到着した。


 深夜である。
 ウズベキスタンの入国。同じ旧ソ連圏の国として先のカザフスタンと同じようなトラブルが起こると嫌だなと思うと、
「Welcome to Uzbekstan!」
 明るい入国管理官。ほっとする。
 到着ロビーに出てしまえば、両替できないという情報を持っていたので、バゲージクレームの端に唯一ある両替所で百ドルだけ両替する。
 ウズベキスタンスムは帰国時での再両替が難しいと地球の歩き方や各種ブログに書いてあったので、必要最小限の両替を繰り返すこととする。
 底が破けないまま無事に到着したスーツケースをピックアップして、同じバゲージクレーム内のタクシーカウンターへ。
 予約していたホテルが無料タクシーを手配してくれていた。
 予定していたホテル代よりも高い九千円以上する私的高級ホテルだが、深夜の未知の街でのタクシー探しというリスクは排除した。
 まとわり付く白タクの運転手を一蹴して、手配してくれたタクシーに乗車して、十五分。軽快なウズベキスタン音楽をかけながら、タシュケント市内を疾走して、タシュケント駅近くのコーナーホテルタシュケントに到着。
 チェックインして、ベッドに飛び込み。
 深夜〇時半。今日は二十三時間くらい起きていたことになる。

【この日の旅程】
永登浦6:40くらい → 市庁7:12
市庁7:45 → ソウル駅7:48
ソウル8:10 → 仁川空港第1ターミナル9:02
仁川11:50→(KC910)→アルマトイ
アルマトイ22:35→(KC129)→タシュケント23:10

【この日の費用】
★韓国
ソウルメトロ 前日のチャージに含まる
干し鱈スープ 9,000ウォン
仁川空港鉄道 760円(韓国情報サイトコネクトを通じて日本で購入済み)
オレンジジュース 2,000ウォン

★カザフスタン
アメリカドル→カザフサタンテンゲ 40ドル
カフェテリアのカザフスタンの不味いご飯とコーラ 4,950テンゲ
ビール 216円※クレジットカード支払い
(1テンゲ=0.29円)

★ウズベキスタン
アメリカドル→ウズベキスタンスム 100ドル
ホテル 9,200円
(1スム=0.012円)

3日目午前中の旅行記はこちら


サポートしてもらって飲む酒は美味いか。美味いです。