⑪札幌のお笑い市場の現状と課題【5.3 道外出身の札幌芸人の視点による札幌お笑い界の評価と他地域との差/5.3.1~5.3.4】

5.3 道外出身の札幌芸人の視点による札幌お笑い界の評価と他地域との差

 日時:2020年10月27日 午前10:00-12:00
 場所:ドトールコーヒーショップ 札幌狸小路店
 対象者:お笑いコンビ・センチメンタル 今里拓登

5.3.1 経歴

 1992年4月15日出生。福岡県宮若市出身。お笑いの世界には小学生の頃から憧れを抱いていたが、幼馴染の転校を機に一緒にネタを披露したのが原体験。高校卒業後は地元で3年間正社員として働いていたが、「今のうちにやりたいことをしたい」と一念発起し、2013年に単身上京。翌2014年に太田プロエンタテイメント学院東京校芸人コースに入学。養成所内で現・相方の伊藤祐輔と出会い、お笑いコンビ「センチメンタル」を結成。2015年3月に同養成所を6期生として卒業。卒業後は太田プロダクションには所属できず、フリーとしてさまざまな事務所のオーディションを転々とする。2016年4月に太田プロエンタテイメント学院札幌校が開校したことを受けて、2017年5月頃に太田プロダクションのマネージャーから札幌行きを打診される。同年8月頃に札幌行きを承諾し、同年10月にコンビ揃って札幌に移住する。以後は太田プロダクション札幌所属として活動。

5.3.2 札幌で活動することに対して

 東京という地で出会ったセンチメンタルだが、今里氏は福岡県出身、さらに相方の伊藤氏は愛媛出身である。北海道とは到底結びつきそうもない2人はどのようにして札幌行きを決めたのだろうか。またある日突然、芸人人生をかけて縁もゆかりもない土地に移住することになったことに対して抵抗感はなかったのだろうか。
 北海道移住というビッグニュースは当初、周囲の人間から「お前ら北海道に行くのか」と尋ねられたことで発覚したという。突如知らされた未開の地への移住だったが、今里氏は最初こそ抵抗を感じていたというが、それもすぐに「これは行く(ことになる)だろうなと思った」という。当時東京での活動に限界を感じていた今里氏は東京という地で他のライバルと一緒くたにされ、埋もれてしまっている現状に危機感を感じていた。そのため、変化を求めて当時まだ北海道行きに抵抗していた相方を説得し移住を決断したのだという。それは、彼自身の「別のルートで挑戦していかないと抜きん出ることはできない」という考え方によるものであった。
 こうして、突然活動場所を移すことになったセンチメンタルだったが、札幌へ移住することに関しての懸念点については、今里氏は最初に「(札幌では)受け入れられないのではないかと思っていた」という。彼らは東京から来ている以前に、もともと福岡県と愛媛県の出身である。彼ら2人は道民からすると完全に“外部の人間”なのである。今里氏は特に「方言」は北海道の人間には受け入れがたいのではないかと考えていたようだったが、当初の予想通り、2人が札幌に移住してきてから最初の1~2年間は苦労の日々だったという。

5.3.3 札幌人の特性、東京との差

 2020年10月現在、今里氏の東京での活動歴と札幌での活動歴はほぼ同じになった。ここまでのインタビューと同様に、東京と札幌の2ヶ所で芸人活動を経験してきた今里氏にも両地の比較をしてもらった。
 「(自分は)東京の人ではないから(詳しく言えるかはわからない)」と前置きをしてから今里氏が指摘したのは「(札幌には)漫才好きが多い」というものであった。今里氏曰く、札幌にはあまりコントを行う者がいないのだという。東京であればもちろんさまざまな芸風が見られて然るべきである。一方、今里氏が属するセンチメンタルはコントを活動の軸に行っているコンビであるが、札幌でそのような芸人は自分たち以外にはあまり見当たらないという。たしかにキングオブコントの予選は毎年札幌でも行われているが、大半の芸人が普段のネタライブではほとんど漫才を行っているため、コントをしている姿を目にするのはこの大会に限るというような現象は多々見受けられる。
 また、札幌では「ベタがウケる」のだという。東京ではライバルの多さゆえに少しでもネタに捻りを入れなければすぐに埋もれてしまうため必然的に変わり種の芸風を持った芸人が増えるが、札幌では笑いの王道を行くようなネタが好まれるようだ。ちなみにコンビ結成当時からネタ作りを担当している今里氏は活動拠点に合わせてネタの作り方を変えるといったことはしていないという。ただ、芸歴とともに“粗さ”のようなものが削れ、洗練されてきたと感じているとのことである。
 さらに、東京との差として挙げられたのは「他のジャンルとの距離感が近い」ことである。札幌では芸人と演劇の世界で活動する役者が一緒の舞台に立つなどという場面は珍しくない。実際に札幌では芸人・役者・ミュージシャンなどさまざまな表現者が一堂に会する、ウェイビジョン主催の『札幌オーギリング』という大喜利イベントも行われている。一方、東京ではもともとの人口の多さゆえに他業種と交流することは滅多にないという。

 一方で、ここまで出てきた北海道民が「シャイ」であったり「初めてのものに対しての抵抗感が強い」といったりする点について体感を尋ねると、今里氏は「それはこっち側のせいでもある」と返した。芸人側が売れていないため必然的に盛り上がりに欠けてしまうのではないだろうかとのことだった。
 そのような中、今里氏は自身が感じた北海道民の特性について、「門は硬いけど開いたら一生好きなんだと思う」と答えた。ここの話の中でも強敵として名が挙がったのは「TEAM NACS」であった。1996年に活動を開始した彼らの人気は2020年現在も衰えず、札幌ではローカルのレギュラー番組が長年に渡って放送され続けている。しかし、番組内での彼らの自然体な様子は他県から来た彼の目にはまるで惰性でやっているかのように映っているようで、彼らの活躍ぶりついて今里氏は「遊びでさえも積み重ねてきたその人達の人気を崩せないのが自分でも腹が立つ」と述べていた。
 一方で、今里氏は逆に「(北海道民は)会ったら好きになってくれる」とも感じているという。

 次に今里氏に「札幌のお笑いファン」について尋ねると、ここではやはり「シャイ」だという返答が返ってきた。お笑いライブにはライブ終演後に客を見送りに出てきた芸人とファンが会話できる場合があるが、その際札幌のファンは遠くから様子を伺ってから控えめに話しかけに来るのだという。一方、東京のファンはもっと前のめりになりながら目当ての芸人に話しかけに行くという。
 ただし、田井氏のインタビューの中で話を聞いたライブハウス・「ラスタ原宿」と今里氏が主に出演していたライブの環境は同じ東京であってもまったくと言ってもいいぐらい違うという。ラスタ原宿は原宿・竹下通りで若い中学生や高校生などのお笑い目的ではない人たちに呼びかけ、集客する。一方、今里氏が主に出演していたライブは新宿や下北沢がメインであり、いわゆるコアなお笑いファンが見に来るようなライブだったという。そちらはあまり人気がなく、今里氏曰く「アンダーグラウンド」のような場所だったという。ラスタ原宿は観光客を相手にするような形態であったため、今里氏は自身の活動していた環境と比べると少し特殊な環境だったと表現している。
 しかし、このような“アンダーグラウンド”な環境でも“光の当たるライブ”があったという。それは「モータースLIVE」というお笑いライブである。総勢250組以上の若手芸人がネタを競い合い、しのぎを削るネタバトル系のお笑いライブである(71)。主催者は「ヤマザキモータース」。新宿レフカダで行われたモータースLIVEは、上からABCの3段階に分けられたヒエラルキーシステムを取り入れており、ネタを観た客の投票で得たポイント数によってランクが入れ替わる。当時センチメンタルはAランクとBランクの間を行き来していたという。また、センチメンタルが出演していた当時に共演したことのある芸人として、のちに全国区で活躍することになる「宮下草薙」や「ブルゾンちえみ」などの名前が挙がった。

(71) モータースLIVE 公式HP、https://mortors-owarai.amebaownd.com/(2020年11月23日閲覧)。

5.3.4 札幌の現状

 実際に札幌で活動している現役の芸人として札幌の現状をどのように見ているのかを尋ねたところ、今里氏は今の札幌芸人に対して「これで食っていく感はない」と答えた。
 東京では賞レースがあるためそこに向けて努力を重ねながら日々の活動を続けていくが、一方で札幌では“どこか諦めている部分”が多いのだという。札幌でも東京と変わらず賞レースの予選が開催されており、地方芸人にも挑戦するチャンスは用意されているはずである。しかし、活動している者からするとここには大きな差があるのだろう。この話の中で、今里氏は自身の所属している事務所の養成所である太田プロ札幌に入ってくる後輩を「変なやつ」と表現していた。その理由として、「俺だったら上京するから」と答えた。
 このように述べた今里氏は、芸人を目指し始めた当初から地元である福岡県では芸人活動を始める“発想”すらなかったのだという。すでに述べたとおり、福岡県はお笑い文化が活発であり、今里氏本人も幼少期から地元で活躍するローカル芸人たちを見てきたはずである。しかし、当時の今里氏は福岡で活動しているローカル芸人は“面白くないもの”だと思っていたという。今では自分自身がそのローカル芸人と同じ立場になってしまっている現状に対して苦笑を漏らしていた。
 一方で、今里氏は札幌のことを「発展途上国」であるとも表現してもいる。つまり、やる人次第で今後は発展していくであろうと想定しているのだ。ただし、それは芸人側のポテンシャル次第であるというが、現状を尋ねると厳しいという。問題点は「面白い面白くないは別として胸に刺さるかどうか」だという。熱意や姿勢が重要であり、「俺を見ろ!」というギラギラした思いが必要なのである。だが、現在札幌で活動している者たちの中には“クールな人”が多いという。
 また、札幌の芸人は「内輪になりがち」だと指摘した。少ない人数でやっている弊害だろうか。初めての人に優しくない、単純に面白くないなどの理由でもともと「内輪ノリ」が嫌いだという今里氏は、滑りたくないという消極的な理由で内輪ノリが発動されてしまうのはさらに良くないと指摘した。

 すでに札幌では東京と異なり役者と芸人が一緒の舞台に立つことが多いと述べたが、これに関して今里氏は「一緒にやるのはノリが違うから難しい」とのこと。仮にお笑いライブで一緒になったとして、どのように接すれば良いのか、どこまで気を使えばいいのかがわからないのだという。一方、毎年札幌で行われる演劇祭である『札幌演劇シーズン』には“コント師として参戦”するか考えているという。この考えの意図を尋ねると、仲間意識を持っているわけでも、殴り込みにいくわけでもなく、単純に「面白そうだから」という答えが返ってきた。また、コント師として芸人が演劇の祭典に乗り込んだ結果、賞が取れてしまえばさらに面白いものとなるのではないかと考えているようだ。
 今里氏本人はあまり他ジャンルとの交流を開拓していくことに関心はないようである。ただ、どのジャンルの表現者であっても共通して「熱意」や「何を伝えたいか」を持っていることが大切であることに変わりはないと語った。今里氏は自身の現在の芸人としての位置を、このような信念を表現できるような技術を身につけている段階だと述べていた。

 また、「事務所」についての意見を尋ねた。今里氏は「芸能事務所はいらない」と答えた。今は1人でできる時代になってきているため、芸能事務所などの仲介業者がいらなくなってきているのだという。
 ここで例として挙げられていた芸人は「ラランド」である。ラランドとは近年人気急上昇中の男女コンビである。学生芸人出身の彼らは持ち前のスキルとセンスで実力を発揮し、2019年のM-1グランプリではアマチュアながら準決勝進出を果たした(72)。その後、業界からも注目を集める中でさまざまな芸能事務所からオファーがあったものの2020年12月の現在に至るまでどこにも所属せずフリーで活動し続けている。今里氏は今後、彼らのようなフリーの芸人が増えるだろうと想定しているようだ。一方で、今里氏は自身が現在事務所に所属していることについて、所属しているからこそ出会えた人脈など多少の恩恵もあるものの、正直なところあまり意味を感じてはいないと述べた。

(72) Yahoo!ニュース「『M-1グランプリ2019』敗者復活戦唯一のアマチュアコンビ『ラランド』とは。」、2019年12月22日、https://news.yahoo.co.jp/byline/nakanishimasao/20191222-00155881/(2020年12月11日閲覧)。

 さらに、今里氏は自身の出身地である福岡の事例から想定して「札幌にワタナベエンターテインメントが進出してきたらすべてを持っていかれるだろう」と述べていた。この先の第6章でも述べるが、福岡のお笑い界は吉本興業ではなくワタナベエンターテインメントが覇権を握っている。しかし、現在に至るまでワタナベエンターテインメントの札幌への進出が行われていない。ということはそれほど札幌が厳しい現状にある証拠なのだという。同様に、AKBグループが札幌に進出していない理由も同じ理由にあるだろうとのことである。
 そのような中、太田プロは2016年に札幌に進出している。このことについて今里氏に尋ねると、「(太田プロは)何も考えていないのだと思う」「下調べ不足」などの批判的な答えが返ってきた。もし仮に札幌という市場にエンタメの可能性があるならば、ワタナベエンターテインメントがとっくの昔に進出しているはずだからである。
 また、太田プロは福岡にも進出しているが、今里氏は「すでに競合他社が進出している中で無謀だと思った」という。ちなみに、現在福岡ワタナベに所属している「パラシュート部隊」と「ゴリけん」は福岡にワタナベエンターテインメントができることがきっかけとなり、東京から招致された芸人である。その点で言うと彼らはセンチメンタルと似たような経緯を持っている芸人である。
 さらに、2020年には札幌吉本のNSC札幌校が開設されたが、養成所として一足先に進出していた太田プロにとっては受講生の取り合いになる恐れはないのだろうか。今里によると今のところNSC札幌校が太田プロにとっての脅威になるとは考えていないという。なぜならば今里氏は「本当に意識の高い人は札幌ではなく東京に行くだろう」と考えているからである。
 札幌吉本といえば、2019年あたりから開催されている「札よしと○○のお笑いライブ」というタイトルのライブがある。東京で活動している吉本芸人をゲストに呼び、札幌吉本芸人とともにライブを行うというものである。ゲスト目的の客によって集客を集め、来場した客に札幌吉本の芸人にも興味を持ってもらおうという意図があり、毎回一定の集客を集めている。今里氏に太田プロでも同じような試みは考案されていないのかと尋ねると、「太田プロには有名人がいないことと、たとえいたとしても太田プロ札幌にゲストを呼ぶ力がないので難しいのではないか」「(そもそも)本部が本気ではないのではないか」という返答が返ってきた。

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