⑩札幌のお笑い市場の現状と課題【5.2.6 今後の展望と活動について】

5.2.6 今後の展望と活動について

 田井氏はこの現状を改善することで、札幌からM-1グランプリの2回戦や3回戦まで進出できるような芸人を1人でも増やすことと、最終的に札幌の芸人全員に冠番組を持ってほしいという願いがあるという。そのためには芸人活動の追い風となるような要素が必要になる。“お笑いが発達した環境”のモデルケースとして田井氏は「博多」を挙げた。芸人にとって良い環境が用意されており、地元芸人が冠番組を持っている博多がゴールだという。そのためにはお笑いのための「環境作り」をしていきたいという。エンタメ発展途上地である札幌の環境を改善するために、田井氏は一体どのような構想を練っているのだろうか。
 まず、「常設劇場」についてである。ネタもトークも表舞台への出番がなければ鍛えることは出来ない。そのためには常設劇場が必要不可欠だという。中でも田井氏は劇場展開をしていく際に「インバウンド需要」を狙いたいと語っていた。つまり、北海道がもともと持っている「観光の強さ」とのコラボレーションを狙っているのである。現在は新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、国内外問わず観光業は悲惨な状況にある。
 しかし、インバウンド需要が回復してくる頃である5年後や10年後に札幌という地で地場のお笑いが観られれば観光客に向けて札幌のお笑いをアピールすることができる。そのためには、観光需要が回復してきた時点で札幌にお笑いの常設の劇場が用意されていなければならない。その際には、言葉が伝わらなくても動きで面白さを表現できるような芸人がいればさらなる強みになるとのことである。田井氏は観光旅行でなんばグランド花月に吉本新喜劇を観に行くような現象が札幌でも起きることを望んでいる。その結果、東京の人が札幌のお笑いを観に行ったり、週末の夜にお酒を飲みながらお笑いライブを嗜むのが定番になったり、検索をかけた際に「札幌 お笑い」と予測変換に出てきたりするような環境を実現すべく、札幌にお笑い文化を根付かせたいのだという。また、自身がともに活動しているセンチメンタルについても引き続きライブに出ていたり、テレビに出演していたりしたら嬉しいとのこと。その上で、東京の人たちにも札幌の芸人が知られていることが重要であるという。
 また、田井氏は課題点として、「ライブ数の少なさ」や「客同士の横の広がりの少なさ」を指摘した。特に今日に至るまで札幌のお笑いコミュニティが特段大規模な広がりを見せている例は見られないが、田井氏曰く客同士の交流が活発に行われるような環境作りを積極的にしていったほうが良いのだという。その理由は客同士で親交を深めることによってファンコミュニティが形成され、それが広がっていくことによって「自分と仲が良い、同じ○○さんを応援しているあの人に会いたい」というふうに、ライブ会場に行くポジティブな目的が1つ増えることになるからである。その結果、客は進んで次に開催されるライブへと足を運ぶようになるという。
 そして、同時に田井氏は「客と芸人間の交流の活発化」もさせたいのだという。これは上記の客同士の交流とも共通する部分があるが、客同士だけではなく客と芸人間の交流も深めたほうがいいのだという。これに関して田井氏は「友達のライブは見に行く。だったら(客と)友達になったほうがいい」と述べた。客に芸人に対して良い親近感を抱かせることによって積極的かつ持続的な集客が期待できるのであるという。
 田井氏はこれらのような環境を作るべく、今後は積極的に客と芸人を交えた「オフ会」を開いていきたいのだという。「オフ会」とは「オフラインミーティング」の略称であり、インターネット上のコミュニティを通じて知り合ったユーザー同士により、主に親睦を深める目的で催される現実の会合のことである(70)。この場合は当初からオフラインで行われているお笑いライブに関するコミュニティであるため、必ずしも“インターネット上の繋がり”というわけではない。が、このような会を開くことによって、ライブ会場に集まっている他の客は “知らないお客さん”であり、芸人に対しても“応援している芸人さん”または“ただのライブの出演者”という関係性だったものが、他の客は“同じ芸人やお笑いライブを応援するファン仲間”であり、芸人に対しても“少々気心の知れた近い存在”としての関係性に進化するのである。

(70) IT用語辞典バイナリ「オフ会」、https://www.sophia-it.com/content/%E3%82%AA%E3%83%95%E4%BC%9A

 また、田井氏は繰り返し「ただアルバイトだけに時間を割くような生活をしているのは良くない」と語っていた。「アルバイトをしているだけではただ時間が過ぎていくだけ」「今の時代は稼ごうと思えば稼げる」。そのため、アルバイトをしなくても芸人活動を続けられるような努力をしなければならないのだという。「こんなのやっちゃっていいのってことをやっちゃえたほうがいい」。その方法として田井氏はライブ会場でチェキ等を販売し、チケット代以外での収益を増やすなどの工夫を考案している。しかし、このような試みはオフ会も含めて芸人側からすると抵抗感が拭えないだろうという。
 実際に田井氏が考案し、実現に向けて動いた試みとしては「ファンが芸人に直接ギャラを入れる」というシステムが存在する。やり方としては、対象のライブ専用のクラウドファンディングの中で直接指定した芸人に支援ができるようにリターンを追加するというものであった。結果、芸人の所属事務所の関係で実現は叶わなかったが、これには芸人側は目に見える形で応援されることでモチベーションにつながり、ファン側は応援している芸人に直接的な形のある応援ができるという利点が存在している。なにより芸人側は少しでもアルバイトから離れることができれば、本来アルバイトに使っていた時間を芸に打ち込むことができる。そして、ファンからの支援で手に入れた資金を元手に機材を調達するなど自身の活動に還元することができるのである。田井氏はこの試みに対して「見ている人の応援がそのまま原動力になったら面白い」とコメントしている。ただし、今回のように事務所の兼ね合いで許可が降りなかったことなど、課題はまだ残されている。

 田井氏は今後行いたい事業について具体的に語った。想いの源はここまで述べてきたものにも通ずる、「アルバイトをせずに好きなことだけで生きていける表現者を作りたい」というものである。この“表現者”というものの中には芸人だけではなく、役者、歌手、アイドルに至るまですべてのエンタメに関わる者が含まれている。アルバイトをしながら10年20年ほど活動を継続した挙げ句、家庭の事情等で引退してしまうという事例をいくつも見てきたという田井氏。この問題について考える際に、そもそも彼らが「アルバイトをする理由」は何にあるのだろうかという部分から掘り下げていったという。
 田井氏はその理由を「ご飯を食べるため」であると結論付けた。人が生きていくためにはさまざまな出費が必要になる。その中でもけして削ることのできないものは「食費」であるというのだ。そこをどうにか解消できないだろうかと考えた田井氏は驚きのプロジェクトを考案した。
 それは、「米農家と提携し、表現者たちが携わるオリジナルブランド米を作る」というものである。プロジェクトの内容は、米作りの過程の中で外部の者が参加できる部分、つまり田植えなどに表現者たちが参加したり、ファンを募って田植えツアーなどのイベントを行ったりするものであるという。最終的に米作りに携わった表現者仕様のパッケージを用意し、それをファン向けに販売。収益の一部を表現者に支払うという仕組みであるというのだ。
 また、その他の地域で活動する表現者も一律に応援したいという意味を込め、「全国各地の芸能事務所や劇場にこの活動で採れた米を送る」という方法も考えているという。この場合に送る米のパッケージはファン向けとは違い、何も装飾されていないものを使うという。送った米はそこで活動している表現者たちに持ち帰ってもらい、食費の一部としてもらうのである。“米”という日本人にとって日常的に消費する食物であれば購入する側にとっても、支援として提供される側にとっても一定の需要が見込めるであろう。
 田井氏はこれについて「ベーシックインカムがあるのならばこれはベーシックイン米だ」と述べている。なによりこのプロジェクトも「ファンが応援している表現者のために直接お金を落とす」という構造になっている。なお、プロジェクトの実現に関しては、資金集めや米農家の協力を仰いでいる段階だというが意外にも周囲の反応は良いという。田井氏曰く、実現は予想よりも早いだろうとのことである。
 また、田井氏はこのプロジェクトが成功した先についても、魚や果物、洋服などのブランドでも同じようなことができるのはないかと語っている。たとえば洋服の場合、表現者にオリジナルの舞台衣装やコント衣装などとして使用してもらうことも可能になる。さらには、そのオリジナル衣装をファンが購入することによって、ファン同士の話題作りにもなるという想定までしているようだ。自身の好きなアイテムを持っている者を見つけることで仲間意識が生まれ、仲間同士で劇場等に足を運ぶという流れになっていくという。
 田井氏はこれらすべてのプロジェクトはすべて「環境づくり」であると述べている。いかなる手段を使ってでも最終的に劇場に人を集めることが目的なのである。

 そして、田井氏は自身の携わっているYouTubeの活動に関しても、今後は「20人程度のチーム」を作りたいと考えているという。田井氏が携わっているライブや動画で使用されているイラスト、編集作業などを特定の者が行うことによって、動画の視聴者やライブの来場客から「これに携わっている人といえばこの人」と思ってもらえるような構図を作りたいのだという。さらに、他の表現者とも間接的に広く繋がりたいと述べている。

 最後に市場として発展していくために必要なこととして田井氏は「姿勢」が必要だと語った。自分1人だけ熱を入れてしまっても仕方がないのだという。革新的な行動を取ろうとしているだけあって周囲には難色を示す者が多いという。しかし、お笑いのための環境づくり実現には、なによりも周りの芸人の協力が必要不可欠である。そのために田井氏は少しでも理解者が増えることを望んでいる。現在はとにかく考案している夢を実現するために人を集めたり、周囲の人間に理解してもらったりするという部分に尽力しているという。

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