⑨札幌のお笑い市場の現状と課題【5.2.5 札幌で文化を創ることの難しさと新時代の「売れ方」について】

5.2.5 札幌で文化を創ることの難しさと新時代の「売れ方」について

 田井氏は原宿にお笑いの文化を作った経験から、札幌にも“お笑いの文化ごと”作りたいと考えている。ラスタ原宿の発起人として尽力した結果、検索窓口に「原宿」と入力すると、予測変換に「原宿 お笑い」というキーワードが出るようになった。つまり、原宿にお笑いという“文化”を確立させたのである。田井氏はそれを目にした瞬間、得も言われぬ喜びを感じたという。ただ、原宿という地をこのような状態にするまでには約1年もの時間を要した。札幌でも同じような状態を目指すとなると、おそらく3年~5年ぐらいはかかると考えているという。
 上記で述べた通り、札幌はお笑いライブの数が圧倒的に少ない。そのため、田井氏は2019年度の活動の一環として意識的に開催するライブの本数を増やしたという。クラウドファンディングで資金を集め、無料ライブを行ったのも新規客を増やすこと、そして芸人の出番を増やすことが目的であった。

 2020年11月現在、札幌芸人がレギュラー出演しているテレビ番組はほぼないといっても過言ではない。そんな中、田井氏は札幌の芸人が活動の中で今後レギュラー番組を増やしていくことに尽力すべきかについては独自の考えを展開させていた。田井氏曰く、「レギュラー番組を増やしていくべきではあるが、テレビを目指していてはいけない」のだという。これは一体どういうことだろうか。
 ここでも札幌のテレビ局に予算がないことが影響している。そのせいで、たとえ地元芸人に出演のチャンスが与えられたとしても、あまり芸人自体にギャランティーは支払われないという。芸人を起用するぐらいならば信頼のある自局のアナウンサーを起用したほうが良いという考え方が主流だという。そのような中で、芸人はどのように売れていけばよいのだろうか。田井氏は新時代の「売れ方」について語った。
 いわゆる芸人の「売れる」過程というものは、M-1グランプリなどの賞レースに挑戦し、そこで優勝などの良い結果を残した者がテレビに呼ばれる。そしてテレビ出演の経験を積む中で次第に人気が出ていき、最終的に冠番組やCMを持つようになるというのがセオリーとされてきた(図21)。しかし、田井氏によると近年はそのセオリーが覆されていっているという。それは「今は自分たちで稼いでいったほうがいい時代」なのだという。今までは企業から広告費を貰って仕事をするというのが芸能界の通例であった。しかし、広告費が発生するというのはスポンサーが付くということである。もちろん、広告費に協力してもらっているスポンサーには配慮をする必要性が生じる。ときには美味しくないものを美味しいと言わなければならない場合もある。つまり嘘を付く必要があるのである。もしもその嘘が視聴者に知られるようなことがあれば、たとえ言わされていたとしてもその発言をした者自身の信用が落ちることになってしまうのである。
 また、芸能事務所の圧力などといった芸能界の暗い部分も時代の流れとともに明るみに出るようになった。現在はSNSの発展により、これらの“ブラック”な構図が一般消費者にいとも簡単に晒されるようになったのである。だからこそ田井氏は「スポンサーに頼っていてはダメ」とテレビ局やスポンサーへの依存に警告を鳴らしていた。
 では、現代の芸人たちはどのようにして「売れて」いけばよいのだろうか。田井氏は2通りの方法を語った。1つは、「自分独自のコンテンツをYouTubeやSNSで披露し、それに直接食いついてもらう」という方法(図22)。もう1つは「自身のコンテンツでマネタイズ化を行い、テレビに出なくても良いような収入を消費者から直接貰う」という方法である(図23)。

図 21 以前までの「売れる」構図

図 21 以前までの「売れる」構図

図 22 新時代の「売れる」構図①

図 22 新時代の「売れる」構図①

図 23 新時代の「売れる」構図②

図 23 新時代の「売れる」構図②

 これらの方法の成功例として田井氏が名前を挙げたのは「ジャルジャル」であった。現在ジャルジャルは自身たちの「オンラインサロン」である『ジャルジャルに興味ある奴』を2019年3月8日に開設している。「オンラインサロン」とは、月額会費制のWeb上で展開されるクローズドのコミュニティの総称である。このオンラインサロンでは、月額1,100円でライブチケットの優先販売、過去の単独ライブのアーカイブや秘蔵映像の公開、サロン限定ラジオ番組『ゼロから新ネタ作る奴』の配信、会員限定の公式グッズ販売などといったコンテンツを提供している(58)(59)。ジャルジャルはこのオンラインサロンの中で加入者であるファンに自身の生み出したコンテンツを提供することで、ファンから直接お金を受け取っているのである。

(58) ラフ&ピースニュースマガジン「ジャルジャルのネタを最大限に楽しめるネタサロン『ジャルジャルに興味ある奴』開設!東京・大阪で単独ライブも決定!」、2019年3月12日、https://laughmaga.yoshimoto.co.jp/archives/5392(2020年11月20日閲覧)。
(59) ジャルジャルネタサロン「ジャルジャルに興味ある奴」公式HP、https://www.jarujaru-kyomi.com/(2020年11月20日閲覧)。

 続けて田井氏は「M-1を目指していてはいけない。夢を見ていてはいけない」と語った。芸人になった者が賞レースで勝ち進んだり、優勝したりすることを主な目標として活動をしていくのは当然の流れだ。「予選に通過して決勝に行って優勝すればきっと売れる」。これは至極真っ当な発想ではあるが、毎年賞レースの予選を通過する、しないに一喜一憂していくうちに気づけば数10年も時が経過してしまっているという事例は数え切れない。田井氏はこのような事例に対して「『今年はダメでした』『来年また頑張ります』これの繰り返し」だと表現した。インタビューの中で田井氏が発した「みんなM-1を就活だと思っている」という言葉はそれを最も具体的に表している象徴的な言葉だった。
 もちろん、けして賞レースへ向けての努力が不要というわけではない。賞レースなどに“のみ”依存するのではなく、自分たちの力で消費者に興味を持たれるようなコンテンツを発信していくという“独自路線”も開拓していくべきだという。そして、そのような活動が巡り巡って本業に返っていくのだという。
 先述したジャルジャルは『キングオブコント2020』の優勝者である。つまり彼らは、独自コンテンツでのマネタイズ路線を確立している一方で、賞レースでも結果を残しているのである。これについて田井氏は「自分自身を磨いていった果てについてきた結果」であると考察した。実際、彼らの公式YouTubeチャンネルである「ジャルジャルタワー JARUJARU TOWER」に投稿されている動画はネタ動画ばかりである。2014年10月29日に開設された本チャンネルは、2020年11月20日時点で1,634本もの動画がアップロードされている(60)。このネタ動画の数々は「ネタ帳に書き留めたネタになる前のアイデア『ネタのタネ』が1階ずつ積み上がっていく世界一高いタワーを建設する」という設定で投稿されているというが、日々公開されるハイクオリティな新作動画は人々の関心を集め続けている。また、すでにオンラインサロン内には新ネタ作りの様子を会員に向けて公開するコンテンツが存在していると述べた。彼らはここで出来上がったものをYouTubeや賞レース等で外部に向けて出力しているのである。実際、キングオブコント2020の決勝戦で2本目に披露したネタは自身のYouTubeで公開した中で反応の良かったものを選択したという。このことについて、ジャルジャルの福徳秀介氏はインタビュー記事内で「自分たちはYouTubeで1日1本挙げている。それはネタのタネと呼んでいる。(このネタは)没ネタにしていたけど、10年ぶりくらいにやったら思いのほか、スタジオの反応も良くて、チャンネルでのコメントとかも良かった。みなさんと一緒に戦った気分ですね」と答えている(61)。また別のインタビューでは、福徳氏が「ユーチューブでネタを1日1回披露している。自分の中でボツにしていたけど、久しぶりにやって、ユーチューブのコメントとかもいい反応で、もしかしたらキングオブコントに向いているんじゃないかと」、相方の後藤淳平氏が「ネタの種として、ユーチューブにはあげている。まさに花が開いたという感じ」と答えている(62)。このように独自のコンテンツを会員に向けて提供することで常に安定した収益を得つつも、その内容はすべて自分たちの本業活動に繋がっているのである。
 彼らはネタ作りなどのコンテンツはサロン内のみのいわゆる内輪に向けて提供しているが、最終的に出来上がったネタは動画やテレビなどでサロン外の人々も目にできる。そのため、彼らは内部の人々を楽しませるだけではなく外部からも注目を集めることができるのである。この構造も彼らの活動が上手く本業へ昇華されていっている原因だと考えられる。

(60) YouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー JARUJARU TOWER」、https://www.youtube.com/user/comtekaigi/videos(2020年11月20日閲覧)。
(61) 日刊スポーツ「新王者ジャルジャル、SNSで確認できた受けるネタ」、2020年10月4日、https://www.nikkansports.com/m/entertainment/news/amp/202009280000336.html(2020年11月20日閲覧)。
(62) 東スポWeb「キングオブコント優勝のジャルジャル 決勝ネタはユーチューブ1回きりの〝ボツネタ〟だった」、2020年9月26日、https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/2222736/?amp(2020年11月20日閲覧)。

 ここで上記のような「自己プロデュース」の成功例とその具体的な活動内容を述べていく。これらの芸人は実際にインタビュー中にも名前を挙げられた芸人である。
 ・ジャルジャル: YouTubeでのネタ動画配信、ファン層に向けたオンラインサロンの開設。自身の公開するコンテンツをマネタイズ化することで、ファンから直接お金を貰うビジネスモデルの成功事例。お笑い面ではキングオブコント2020で優勝。M-1グランプリ、キングオブコント両方の決勝戦に4度進出している。
 ・土佐兄弟:2020年現在、注目を集めている兄弟コンビ。弟の有輝が投稿した「高校生あるある」というタイトルのシリーズがTikTokを始めとするSNSで人気急上昇。2020年5月時点でTikTokでの総再生回数は4億回を突破(63)。自己プロデュースがきっかけにテレビに呼ばれるようになった事例。
 ・Yes!アキト:元札幌にてローカル芸人として活動していたピン芸人。自身のネットショップを開設し、自主制作のライブDVDやパーカーなどのオリジナルグッズを販売(札幌時代にも積極的に物販等を販売)(64)したり、無観客での単独ライブやギャグの作り方についての講座などを生配信サイトで有料配信したりすることで自身のコンテンツをマネタイズ化。また、自身の公式YouTubeチャンネルの動画内で行った企画「ギャグ体操第一」がバラエティ番組『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)内のコーナーで取り上げられている(65)。さらに、同じくピン芸人のサツマカワRPG、どんぐりたけしとともにピン芸人3人のお笑いユニット「怪奇!YesどんぐりRPG」を結成しているが、こちらもさまざまな媒体で取り上げられ話題を呼んでいる。特に3人で行っているネタ「プレイヤーチェンジ」はキャッチャーな掛け声と一発ギャグで構成されているため、他者がマネしやすいシステムとなっている。そのため、ファンだけではなく興味を持った芸人や芸能人がマネしたり、本人たちとコラボレーションをしたりした動画がSNS上で拡散されるなど人気が広がっている(66)。これは先述した2例が上手く併用された事例である。

(63) ORICON NEWS「TikTok4億回再生・土佐兄弟が自宅にミニチュア教室開設 『学校に行った気分味わって』」、2020年5月12日、https://www.oricon.co.jp/news/2161977/full/(2020年11月11日閲覧)。
(64) BASE「Yes!アキト」、https://yesshodo.thebase.in/(2020年11月20日閲覧)。
(65) お笑いナタリー「爆笑問題太田「ゴチになります!」で高速腕立て伏せ、Yes!アキトも登場」、2020年10月8日、https://natalie.mu/owarai/news/399650(2020年11月21日閲覧)。
(66) BuzzFeed「初見のインパクトがヤバすぎ!中毒者を生み出し続ける“新人お笑いトリオ”のネタがまさに怪奇」、2020年2月8日、https://www.buzzfeed.com/jp/ainamaruyama/kaikiyesdongurirpg(2020年11月20日閲覧)。


 また、上記で述べた成功例に限りなく近いことを行っており、インタビュー内で“あともう一歩のところで成功しそうな例”として挙げられたのが、札幌吉本所属のお笑いコンビ「コロネケン」である。メンバーの束田孝太が自身のSNSで発信している「道産子にはたまらないモノマネ」が少しずつ注目を集めているのだ。これは道産子、つまり北海道民には伝わる“北海道民あるある”をテーマにしたモノマネである。彼はこれを2020年11月現在、毎日投稿し続けており、それが今実を結ぼうとしている。これはまさに特技を生かした自己プロデュースである。

 田井氏は現代の芸人を「サラリーマンのようだ」と表現した。レールから外れることを恐れ、周りからの気のない言葉に気を弱くしてしまうのだという。“本業”であるネタではなく、“横道に逸れた活動”をしているのではないかと訝しがる者たちの存在によって、信念が揺らいでしまうのだ。元来、昭和時代などの昔の芸人には「破天荒で型破りなことを行う者」というパブリックイメージがあったはずだが、現代の芸人はそこからすら外れてしまっているのだという。ただ、自身のコンテンツを提供するといっても「YouTubeの収益化のみで生計を立てる」ということは難しいという。田井氏曰く、1本の動画の再生回数が10万回再生ほどを記録したとしても、月の収益は2万円程度にしかならないという。それならばYouTubeで名を売り、生計を立てる方法としては別の道を探るというのが良い方法なのだという。

 「テレビに出たい」という思いは芸人を志す者のほとんどに共通していることだ。第2章では現代のテレビ局が若者向けの番組作りに試行錯誤している最中であること、第4章のアンケートでは未だに一定の若者はテレビを見続けているということが判明している。
 しかし、“現代のテレビは年々高齢者向けにシフトしてしまっている”という問題点も少なからず存在しているのだ。このような“テレビ番組の高齢化”の煽りを受けた芸人はすでに存在している。それは、お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦であった。
 東京NSC10期生としてデビューしたオリエンタルラジオは2004年のデビュー直後からテレビで人気を勝ち取り、華々しく活躍してきた。しかし、2020年現在、中田氏はテレビでの活動はほとんどなく、自身のYouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」を活動の拠点にしている。YouTubeでは2020年11月現在、登録者数317万人(67)と成功を収めているが、その裏にはテレビとの闘いがあったという。それは、「視聴率が取れない」ということ。彼らは若者からの支持は高いものの、地上波テレビのメインターゲットである50代以上からの人気がなかったのである。「メインターゲットに訴求できないのならば」と彼は活動の場をYouTubeに移すことにした(68)。なお、中田氏も自身のオンラインサロンを開設し、運営している(69)。
 これは、先述した「テレビのみに依存してはいけない」理由の中の1つでもあるのではないだろうか。この事例のように、高齢者向けになっていくテレビ業界にそぐわない芸人が今後も次々と出てくるということは容易に考えられる。そのため、活動の拠点や最終目標をテレビではなく、別のプラットフォームに置くという「戦略」は札幌だけではなく今後の芸人界でさらに有効になっていくのではないだろうか。

(67) YouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY」、https://www.youtube.com/channel/UCFo4kqllbcQ4nV83WCyraiw(2020年11月21日閲覧)。
(68) Yahoo!ニュース「テレビからYouTubeへ“戦略的撤退”――。オリエンタルラジオ・中田敦彦の戦い方」、2020年11月9日、https://news.yahoo.co.jp/feature/1837(2020年11月10日閲覧)。
(69) 中田敦彦オンラインサロン「PROGRESS」、https://www.nakataatsuhiko.com/fanclub-salon(2020年11月21日閲覧)。

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