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折々の絵はがき(40)

〈白狐〉下村観山筆 大正3(1914)年 東京国立博物館蔵

絵はがき〈白狐〉(右隻) 下村観山筆

 うっそうとした木立にたたずむ白い狐。森に宿る精霊なのか、光を放つような神々しい姿に想像がふくらみます。狐は近寄りがたいような、それでいて話しかければ静かに言葉を交わすことができそうな不思議な雰囲気を漂わせています。一方で、耳をピンと立て、警戒を解かず一点を見つめる様子には野生のおもむきがあり、孤高に生きる姿と気高さも伝わってきます。ふと口元を見ると、稲の束をくわえているのに気が付きました。それは神社で目にする神の使い、石造りの狐そのもの。彼らはこんな風に人知れず森の中で思うまま過ごすと、またそっと元の場所へ戻り、ふたたび石へと姿を変えるのかもしれません。

 しばらく眺めていると、狐がたっぷりとした尾で落ち葉をなぞり、なんども振り返りながら森の奥へと導いてくれるような気がしました。かさかさと音を立てて空想の森を進んでいくと、いつの間にか自分の心の奥へとたどり着き、もう会えない人の顔やとうに忘れたと思っていた出来事が浮かんでは消えていきました。

 下村観山は狩野芳崖、橋本雅邦らに師事したのち、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の第一期生として入学し、岡倉天心の教えを受けました。卒業後は同校で教員として後進の指導にあたったほか、日本美術院の創設にたずさわり、伝統的な日本画の技術の継承に大きな役割を果たしました。天心が亡くなる前、オペラ「白狐」の脚本を書いたことから、この作品は観山が追悼の思いで師を狐に見立てたとする説もあるそうです。観山を広い世界へと導き、ともに船を進めた天心。白狐の気高く知性あふれる姿に、観山の目に映った天心が重なりました。

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