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スポーツ代理人の仕事

年末から年始にかけて、2人の日本人野球選手がメジャーリーグ移籍を決めたニュースには驚きました。その契約の金額にです。オリックスからレッドソックスに移籍する吉田正尚選手は5年総額9000万ドル(約122億3300万円)、阪神からアスレチックスに移籍する藤浪晋太郎選手は1年325万ドル(約4億3900万円)+出来高100万ドル。まだメジャーで実績のない2人にこれほどの先行投資をさせるとは、これは間違いなく、2人の代理人を務めるスコット・ボラス氏の手腕と言っていいでしょう。ということで、今回はスポーツ代理人について書きます。実は、キャスティングの仕事の中で、そのような仕事の方と接することもあるのです。

スポーツ代理人といえば、昨年はドラマ『オールドルーキー』があり、1990年代には『ザ・エージェント』という映画もあって、プロスポーツに興味のある方にはその存在は知られているのではないでしょうか。
「代理人」といってもたいていの場合は会社組織(以下、代理人の会社を「エージェント会社」と呼びます)です。米国のエージェント会社のメインの仕事は選手の所属チームとの契約交渉ですが、広告出演や自伝執筆の契約をまとめたりもします。さらには選手の健康管理や財産管理のサポートも行うなど、選手がスポーツ以外のことに頭を悩ませなくていいように、至れり尽くせりのサービスを提供しています。たとえば、大金を稼ぐスポーツ選手にはさまざまな誘惑があり、「うまい話」に乗せられて詐欺の被害に遭うことも珍しくありません。エージェント会社はときにそういったリスクから選手を守る、頼れるアドバイザーでもあるのです。

2000年前後から日本にもエージェント会社は増えており、私もいくつかの会社と商談させていただきました。スポーツ選手に広告出演のオファーをする場合、呼び屋は彼らの窓口であるエージェント会社に連絡を取るわけです。その一例はこちら(不調に終わりましたが)。

なお、日本のエージェント会社には選手の契約交渉の代行はできません。プロ野球の代理人交渉制度には弁護士資格が必須だからですが、それ以前に、日本の法律で交渉事を代行できるのは弁護士だけと決まっているのです。弁護士資格のない者が「業」として交渉を代行するのは違法なんですよ。

ならば、日本では弁護士先生がボラス氏のように、選手に代わって高額契約をまとめてくれるのでしょうか?おそらく無理でしょう。弁護士はスポーツについても給与査定についても専門家ではありません。弁護士が選手の年俸交渉に同席することはあるようですが、球団にムチャを言わせないための牽制以上の効果はないと思います。

いっぽうでボラス氏の会社にはデータアナリストが在籍し、顧客である選手のデータを徹底的に収集、解析しているそうです。すべては契約交渉を有利に進めるためですが、会社として何とかして選手の価値を高めようとしているわけです。吉田選手、藤浪選手の大型契約の獲得はボラス氏の「顔」が大きかったでしょうが、おそらくデータの裏付けも完璧になされていたと推察します。代理人がボラス氏でなければ、吉田選手の契約は半額、藤浪選手はメジャー契約すら微妙だったのではないかという声もあるくらいです。

米国のエージェント会社のサイトを見ると、「クライアント(つまりスポーツ選手)ファースト」を強く打ち出しているのに対し、日本は「スポーツの素晴らしさを広めたい」みたいなスローガンを打ち出しているところが少なくありません。要するに、日本のエージェント会社は「タレント事務所+イベント会社」ということなのでしょう。良い悪いではなく、このあたりが米国と日本の大きな違いと言えそうです。もちろん日本のエージェント会社が選手をないがしろにしていると言うつもりはなく、たとえばメディアへの露出をコントロールしたり、発言にアドバイスするなどの方向から選手を守っていると、エージェント会社の方から聞いたこともあります。

ただ、選手の目でエージェント会社のサービスの充実度を見ると、日本は米国に一歩も二歩も後れをとっていると感じます。契約交渉を代行できないという法的な問題もありますが、もっと根本的な理由は日本に「エージェント=代行業」を使う文化が根付いていないから、というのが私の考えです。これはスポーツに限らず別の業界においてもです。
苦手なことがあれば「できる人」の手を借りればいい、それがエージェントの原点であり、米国人らしい合理的な発想です。たとえば野球の「DH」のルールも、打撃が苦手な選手(ほとんどの場合は投手)は誰かに打つのを代わってもらっていいじゃないかという、ある種のエージェント的発想だと思うんです。これに対して日本人は、「自分のことは自分でやるべし」みたいなところがあって、それが「エージェント=代行業」の発展を阻んでいるのではないかと。

すみません、最後にちょっと話が逸れました。


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