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#9教員・生徒・地域で1枚の絵を描く|校長の挑戦

 新連載、「校長の挑戦」。いろいろなしがらみのなか、積極果敢にさまざまな挑戦をしている全国の校長先生への取材を一人ずつ掲載していきます。9人目は、福井県福井市至民中学校長の小林真由美先生です。

小林先生写真サシカエ

プロフィール
1984年福井県敦賀市立敦賀西小学校で採用。その後、福井市にて川西中学校、成和中学校、足羽中学校にて数学教員として勤務。2005年福井大学教育地域科学部附属中学校に赴任し、「課題へのわくわく感」をキーワードに数学科における探究活動について研究を重ねた。2008 年に福井市教育委員会指導主事となり、授業支援や研修の企画にあたった。2013年には福井大学教職大学院准教授として、院生の支援や免許講師講習等を行いながら、自らの学校経営に関して新たな学びを得る。2017年から再び、福井市教育委員会学校教育課長として、福井市全体の学校運営を支援、2019年から福井市至民中学校の校長となる。「未来につながる学力の育成」を学校教育目標として「チーム至民としての学校づくり」を進めている。現在、中央教育審議会委員。

【小林校長の挑戦】
① 「感染症対策」を総合的な学習の時間の基軸に据えたカリキュラム・マネジメント
② 学校祭や修学旅行をはじめ、生徒主体で進める学校づくり
③ 「地域の一員」としての当事者意識を育む学習活動

皆で一枚の絵を描くように

 私が校長を務める福井市至民中学校は、「教科センター方式」「70分授業」「縦割り活動」などの特徴を備えた新しいタイプの学校として、2008年度に開校した学校です。開校当初は教育活動も円滑に進んでいましたが、時が経つとともに生徒の実態とのずれが生じ、学校がスムーズに運営できないような状況になっていきました。開校当時の教員が異動するなどして、初めの理念と現実との間に乖離が生じたのだと考えられます。私も教育委員会の指導主事として開校準備の様子を近くで見てきただけに、そんな状況に心を痛めてきました。
 指導主事として数年を務めた後、私は福井大学教職大学院の准教授、小学校の教頭を経て福井市教育委員会の学校教育課長となり、再び至民中とかかわりを持つようになりました。これまで開校にかかわった多くの方々の思いを考えれば考えるほど、至民中学校に赴任したいと願うようになり、ようやく念願かなって2019年4月に同校の校長となりました。現在は、開校当初の理念を再確認しつつ、現実との調整を図りながら学校改革を進めている最中です。
 開校から十数年の間に至民中では多くの紆余曲折がありましたが、その間に私の教育観もまた大きく変容しました。以前は、教員として「管理」することや「リード」することに意識が向いていましたが、現在は教員が生徒や保護者とともに、みんなで1枚の絵を描くような学校づくりを目指しています。
 転機となったのは、教職大学院での経験です。働きながら学んでいる現場の先生方との交流を通じて、ともに学ぶこと、ともにつくることの喜びを感じました。思い起こせば、開校当初の至民中が順調だったのも、生徒が参画する学校づくりを進めていたからです。学校という場所は、一度崩れだすと「管理」する方へ針が振れがちです。そうした反省も踏まえつつ、生徒とともに学び、ともにつくるような学校を目指していきたいと考えています。
 着任から1年近くが経った頃、コロナ禍による一斉休校に直面しました。そして、私を含む教職員は、気がつけば生徒に対して「出した課題はやっているか」「規則正しい生活を送っているか」「街をふらついていないか」などと気にかけ、家庭訪問や巡回指導などを検討していました。「管理」する方向へ針が振れそうになっていたのです。
 しかし、教職員の間で話し合いを重ねていくなかで、私たちの考えは少しずつ変わっていきました。大切なのは「監視」することではなく「心配」すること、生徒と心のつながりを持ち、学校再開を待ち望むような思いを育むことだという考えに至ったのです。
 それから担任と生徒の間で日記等でのやり取りが始まり、出す課題もドリルばかりではなく、コロナ禍の思いを新聞記事から抜き出して伝えるようなものに変わりました。そのような働きかけのかいもあって、6月の学校再開の日には、以前は不登校ぎみだった生徒も含め全員が元気に登校してくれました。

「感染症」を総合的な学習の時間のテーマに

 コロナ禍の今、生徒たちにどんな力をはぐくむべきか――教職員が話し合いを重ねるなかで出てきたのは、「至民型キーコンピテンシー」と呼ばれる「表現力」「判断力」「集団力」「行動力」「社会力」の5つの力でした。私たちはこの5つの力の育成を目標にして、年間計画の見直しを図りました。そして、コロナ禍を逆手にとるかたちで、「感染症対策を通して、社会と関わる」を総合的な学習の時間のテーマに据え、これを基軸にカリキュラム・マネジメントを展開していくことにしました。
 総合的な学習の時間では最初に、感染症予防のための「クラスルール」を全学級でつくりました。すでに市教委からは、「密にならない」「マスクの着用」などの決まりごとが示されていましたが、これにただ従うだけでは生徒の主体的に判断・行動する力は高まりません。一人ひとりの生徒が主体的に感染防止に努めるためにも、話し合いを通じてルールをつくっていくプロセスが大切だと考えました。
生徒からは「感染はなんとしてでも防ぐ必要がある」「でも、友だちと距離を置くのは寂しい」など多様な意見が出てきましたが、たとえばある学級では「休み時間に会話をする場合はベランダに出る」というルールを定めました。このようにしてつくられたルールは、教室や生徒玄関に掲示され、一人ひとりの生徒が日々意識するようにしました。
 また道徳科では、とある新聞記事を題材に話し合いを行いました。「新型コロナに感染した女性が、そのことを知りながら長距離バスで帰省した」ことを報じた記事です。当時、コロナのモラル違反を断罪するような風潮が広がっていましたが、生徒たちには当事者の気持ちになってリアルに考えてほしいと思い、道徳担当の教員を中心にこのような課題を取り上げたのです。1~3年の全学級で話し合いを行いましたが、3年生の学級では「よくないとは思うけど、心細かったに違いない」と、女性を気遣う意見も出てくるなど、深い議論が展開されました。
 感染症対策にかかわる学習活動は、各教科でも実施しました。家庭科では感染症予防のための「理想のマスク」をつくり、家庭科では「ソーシャルディスタンス」のマークをデザインし、音楽では合唱ができないなかでギター演奏に挑戦しました。また、各教科の成果物は地域に配付・配信し、総合的な学習の時間のテーマである「感染症対策を通して、社会と関わる」につなげていきました。
このようにして生徒たちは、教科の学びが実社会と結びついていることを実感していきました。改めて、カリキュラム・マネジメントの重要性を認識した次第です。
 すべての教科で「感染症」をテーマに取り組んだことの大きな成果の一つは、教員が「教科間のつながり」を今まで以上に意識するようになったことです。教員間の関係性も深まり、教科横断型の授業も行われるようになりました。
たとえば、国語の「平家物語」の単元では、音楽とのコラボで「音読に効果音をつける」という学習活動が行われました。物語にぴったりの効果音をつけるため、生徒たちは物語文を繰り返し音読し、その情景を頭の中に思い描きました。その結果、日頃は毛嫌いしがちな古典作品を深く読み込むことができました。
 コロナ禍という誰も正解を持たない状況のなかで、教員がフラットに話し合い、アイデアを出し合ったことは、教員間の連携を深めることにつながりました。コロナ禍は大変なことの連続でしたが、この点はよかったことの一つと言えるかもしれません。

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コロナ禍だから「できる」ことをする

 一斉休校からの学校再開後、感染防止のため教育活動に多くの制約があり、私も教職員も頭を抱えていた頃のことです。6月の生徒総会で、生徒会長が「『コロナ禍だから○○ができない』と言うのは、もうやめよう。今年だからこそ、できることもあるはず。それをみんなで前向きにやっていこう」と、全校生徒に呼びかけました。
 生徒会の仲間とともに考えた言葉です。先行きが見えず、何が正解かも分からないなかで、生徒たちがしっかりと前を向いていたことに、私は感銘を受けました。そして、私たち教職員もこの子たちとともに前を向き、歩いていかねばならないと強く思いました。
 その後、本校では生徒たちが主体となって、「コロナ禍でもできること」を考えながらの学校づくりが始まりました。
 大きな課題の一つは、開校当初から取り組んできた「縦割り活動」をどうするかです。本校の縦割り活動は、1~3年を「1組」「2組」「3組」「4組」の縦の系列でくくり、体育祭や合唱コンクールなどの行事も、この4系列が競い合うかたちで実施してきました。この活動を通じて、生徒たちは同系列の上級生や下級生の名前を覚え、強い絆を育んでいました。
 ところが、2020年度は感染対策のため、他学年との交流が禁止されてしまいました。どうにか縦割り活動を実施できないか――生徒会で話し合った結果、「委員会活動のコンクール」を実施することにしました。
 たとえば「清掃コンクール」では、各学級の清掃状況を清掃委員が評価し、その4系列別のスコアを玄関に張り出します。そうすることで、同系列の他学年生との意識的なつながりが生まれると考えたのです。2020年度はこのほかにも、「給食コンクール」「あいさつ運動」「授業開始コンクール」などが行われました。学期末には、結果を校内放送で流しましたが、校舎内に歓声が起こるなど、異学年のつながりを実感できる取り組みとなりました。
 毎年秋に実施している学校祭(体育祭+文化祭)も、2020年度は実施か中止かで揺れ動きました。しかし、最終的には生徒が主体となって「チャレンジ」をテーマとして実施することとなりました。その際は、教職員と生徒で改めて「至民型キーコンピテンシー」を確認し、企画を通じて「判断力」を、話し合いを通じて「集団力」と「表現力」を、発表を通じて「行動力」を、そして「社会力」を高めていくことを目指しました。
 例年、本校の学校祭は、「団結旗」「小物」「衣装」「プレゼン」「競技」「ステージ」「広報」「応援」「装飾」「体験」の10の活動を縦割りで実施していましたが、2020年度は感染症対策のなかで実施のむずかしい「体験」をとりやめ、その代わりに新たに「動画作成」を加えて、「感染症対策にどうチャレンジしていくか」を考えました。そして、最終的には生徒たちがプレゼン資料や動画を制作し、各教室へ配信することになりました。
 この時点で、本校ではICTの活用がそれほど進んではいませんでしたが、生徒たちは驚くほど巧みにタブレット端末を操り、プレゼン資料の作成や動画の編集を進めていきました。また、完成したプレゼン資料や動画は学校ホームページからパスワードつきで配信し、感染拡大防止のために来校できなかった家族も閲覧できるようにしました。

「伝説の」修学旅行

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この続きは、2022年3月刊行予定『校長の挑戦』に掲載します。お楽しみに!

執筆:教職研修編集部
制作協力:株式会社コンテクスト

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「校長の挑戦」は下記の『校長の覚悟』の続編です。
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