温泉に行ったら怖かった話
幼少期、「存在しないもの」に対する恐怖が激ヤバであった。
子供が隙間だの暗がりだのを怖がるのは、物事を認知する力が発達している証拠だという話もある。しかし怖がる側としてはまったくありがたくもめでたくもない。
棚の隙間だの、ドアの向こうだの、カーテンの裏側だの。自分の中ではたしかにあのとき、「奴ら」がそこにいた。
そのおかげで毎晩、瞬きをせずに髪を洗い、カーテンをめくりたい衝動を抑えながら震えて眠るはめになった。
時は流れて大人になったわけだが、いまだに神様とか見えないものは信じていたりする。
ただ神様ってやつは大抵何かしてくれるわけじゃないから、信じてるけどあてにはしてないって程度。
まあそんなふうに、いないとは言い切れないけど関わりがないから気にしない、と思えるくらいには大人になっていたわけだ。
少し友人Aの話をしたい。
前のnoteに書いた、ケツでイく人である。
端的に言うと、彼女は霊感があるらしい。
「幽霊が見えるんだけど〜」てな感じではなく、何の気なしに「うちに女の人がいるんだけど」と話し出すのだ。怖い。彼女にとってはいる状態がデフォルトなので、わざわざそんな前置きは必要ないらしい。
しかも雑談と同じ流れで「金縛りにあって、動けなかったら『寝なさい』って言われちゃった」とか言うのだ。
怖い。ナチュラルに霊魂とのコミュニケーションを受け入れている。
とにかく、Aには霊を感じる力があるらしい。
ここからようやく本文。
友人Aと自分、その他3人で温泉旅行に行った。
Twitterで漫画書いたときに言ったような気もするけど、有名な湯畑のあるあの温泉街である。
うまいものを食い、酒を飲み、オレンジの街灯が照らす温泉街をブラついた。「エモい」の一言であった。
すっかり夜も更け、コンビニ以外の店は軒並み暖簾を降ろした頃、湯畑から少し外れたところにある足湯へとやってきた。
Aだけは地元民なので何度も来たことがあるらしい。ぽつりと「ここはちょっと嫌な感じ」と言う。
西の河原温泉という名前で、川のすぐ横に温泉が沸き、天然の足湯になっている。西の河原と言う名前のせいか、河原の石がいくつも積み上げられて、小さな塔を作っていた。
人はまばらで、斜面をずっとあがって行った方の湯煙の中に、ちらほらと見える程度だ。
Aの言う意味はわからなかったが、ただシンプルに怖かった。
少し進むと、明かりがついた階段があった。赤い鳥居が幾重にも連なり、上へ続いている。
これは嫌だな。不気味だし、何よりも昔見た「電脳コイル」で、暗闇に連なって続く鳥居がトラウマであった。
Aを見ると、顔をしかめて「いや、ここは嫌だな」と言う。え?嫌って何?ちょっと待てよ。
他の3人はもう階段を登っていた。
自分もAも、みんなが行くなら嫌でも行くという日本人気質が染みついているので、重い腰を上げて一段一段を踏み締めていく。
Aが止まった。示し合わせたわけでなく自分も止まった。あまり手入れされていなさそうな社の数メートル手前だった。
「ここから先に入りたくない」とハッキリ感じた。初めての感覚だが、YOUTUBERが心霊スポットで同じようなことを言ってたのを思い出した。あれはフリじゃなかったんだなぁ。
しかしここで進まなくてはただの痛いヤツという自覚があったので、嫌々進む。ずっとゾワゾワした嫌な感じがしていた。
怖い。早く戻って温泉でチャプチャプしたい。しかしこんなビビリ倒したら神様に失礼かもしれない....
そう思い、財布から5円を取り出して賽銭箱に投げ入れ、手を合わせる。
ごめんなさい、何もしてないのにビビってごめんなさい。どうかこれからも何もしないでください。
戻る時の足の軽さったらね。気持ちだけならウサイン・ボルトにも負けていなかったと思う。
温泉は最高のポンポンだった。照明がゆっくりと色を変え、足を浸からせた水面を虹色に輝かせていた。さながらゲーミング温泉といったところか。もしくはラブホテルのジャグジーか。
足がポカポカのゆでたまごになったので、帰路につく。
3人が歩く後ろ姿を眺めながらAと話す。
「これだけ水があったらなんかがいてもおかしくないよなぁ」
「そだね」
「幽霊が怖いから、存在は信じてますからどうか姿を見せないでくださいっていうスタンスで生きてるんだけど」
「フホw」
鳥居の階段の登り口を通り過ぎ、出口へと進む。
と、後ろから、サクサクと砂利を踏んで足早に近づく音が聞こえた。
5人で道を塞ぐように歩いていたから、通行の邪魔になったかもしれない。
そう思い、道を開けようと軽く振り向いた。
そこには誰もおらず、明かりに照らされた道だけが続いていた。
足音を勘違いするなどよくあることだ、と思い視線を戻そうとすると、間髪入れずに右手首を掴んで引かれた。
手首を掴んだAが、真っ直ぐ前を向いたまま言う。
「今振り向かない方がいい」
「間に誰かいる感じがする」
右半身が総毛だった。無言で歩いた。後ろはもう見れなかった。
鶏肉もびっくりの鳥肌だ。もはや鶏肉であった。鶏肉であるにもかかわらず、冷や汗は止まらなかった。
5円か?5円を入れたせいか?ご縁があるとかいうげん担ぎがあるけど、こんな縁いるかぁ!おバカ!神のおバカ!
とか考えてる間に出口を通り過ぎていた。
ほっとしてAを見ると、
「......結構ついてくるな」
限界だった。
ワラジムシのごとく走った。足が渦巻きに見えるくらい走った。なんなら声も出ていた。
「オアアアアーーーーーー!!!!!!」
3人を一瞬で追い越し、湯畑に向かって走った。しっかりと繋いだ手は離さなかった。
湯畑に着いたら、嫌な感じはもうしなかった。
Aが「もういない」と言って、やっとほっとした。
その日は宿で酒を飲んで、一晩中ウノで遊んだ。負けず嫌いな友人が「勝つまでやる」と言い出したせいで、結局明るくなってもウノは終わらなかった。彼はウノが弱かった。
このことで自分が得るべき教訓は、
「5円にはご縁がある」ってこと。
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