見出し画像

「感動ポルノ」の持つ意味(5)

↑山田尚子監督

 「聴覚障害者へのイジメ」を取り上げた「聲の形」だが、大今良時自身どころか山田尚子監督や声優たちアニメ関係者も「聴覚障害者への差別意識」を持っているのは「紛れもない事実」である。

 そもそも聴覚障害を持った女性が手話を使いながら健常男性と恋愛を(して結婚)する話は、「君の手がささやいている」がオリジンなのだ。

 この作品が出てから、毎年のように同じようなネタが出てくる。

 そして、必ずと言っていいほど字幕はつけられない。

 こういう作品の原作者は全員が必ずと言っていいほど字幕問題から逃亡し、制作関係者も完全スルー状態である。

 山田尚子監督はこの下半身を強調したポスターで綺麗事を書いているが、肝心の字幕問題は無視している。

 同じ聴覚障害を扱った作品の監督でも「奇跡のひと マリーとマルグリット」のジャン=ピエール・アメリス氏は全く違った。

 ジャン=ピエール・アメリス氏は聴覚障害者への差別が激しいフランスにおいて、自作の上映にあたって字幕を付けるよう奔走したという。さらに視覚障害者向け音声ガイドもつけさせている。

 「聴覚障害者へのいじめ」を取り上げた「聲の形」は健常者重視の字幕無し上映だったのに対し、このジャン=ピエール・アメリス氏はフランスにおいて聴覚障害者や視覚障害者でも映画が楽しめるようにと、映画館に自ら駆け回って掛け合ったという。

 ちなみに「奇跡のひと マリーとマルグリット」が日本で上映された時、字幕付き上映・音声ガイド付き上映・字幕なし上映が同時に行われた。

 ↓下の写真は「聲の形」の上映会だが、山田尚子監督(や声優、原作者など関係者)は聴覚障害者向けに手話通訳や要約筆記者を依頼していない。聴覚障害者がこの上映会に行くときは手話通訳や要約筆記を自腹で依頼するしかないのだ。手話通訳や要約筆記を依頼すると何万、何十万円ものお金がかかるので、山田尚子監督としてはケチりたいと思ったのだろう。

 断っておくが、山田尚子監督が手話通訳を知らなかったから呼べなかった・・・ということは100%有り得ない。アニメ制作にあたって手話通訳である大今良時の母親に手話のポーズを依頼したのだから、最低限「手話通訳」という存在だけでも知っていてもおかしくないのだ。

 そして、山田尚子監督はジャン=ピエール・アメリス氏のように映画館に対して何らかのアクションを起こした形跡が全く見られない。それどころか、字幕問題を完全に無視している。

 もともと山田尚子監督は過去の作品で「美少女」をネタにした作品「けいおん!」を出しているので、「聲の形」も『加害者の贖罪』云々よりもむしろ『美少女』に釣られたと言っていい。

 この「けいおん!」のDVDを確認したが、字幕は英語のみという、こういってはなんだが白人さま万歳的な差別がうかがえた。

 山田尚子監督にとって「聲の形」は自分に都合の良い美少女ネタだったから、名乗りをあげたにすぎない。大今良時の美少女の絵が巧いからであって、聴覚障害を理解したわけでもないのだ。

 山田尚子監督にとって大事なのは、ジャン=ピエール・アメリス氏のように聴覚障害者の抱える字幕問題を考えることではなく、自分の作品(特に美少女キャラ)が認められることなのだ。

 山田尚子監督はステラ・ヤング氏の言う通り聴覚障害者の希望を聞き入れようともせず聴覚障害者を自分の道具として利用している

 山田尚子監督にとって『「聲の形」の聴覚障害美少女』は、「感動ポルノ」の道具なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?