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乳幼児健診のゆううつ

2年前まで
沖縄の小さな離島で暮らし
乳幼児健診に6年ほど携わっていました。

都会で病院に勤務していた頃は
赤ちゃんとお母さんが退院してしまうと
そこから継続した関わりはほとんどなく
1か月健診で来院したお母さんが
赤ちゃんを見せに来てくれるくらいでした。

それに1か月健診になると
赤ちゃんは小児科で診察を受けるので
産科病棟に勤めていると
その様子を見ることはできません。

島に渡ってから
乳幼児健診より先に
小児科で1か月健診に携わったこともあり
島の子どもたちの成長を
遠巻きにほのぼのとした気持ちで
見守っていたわけです。

その頃は知らずにいたのですが
島を離れてから
いつからか一部のお母さんには
乳幼児健診が「ゆううつなもの」
となっているという現実を知りました。

乳幼児健診は本来
子育ての相談や支援を求めたり
子どもの成長を実感できる安心の場のはずですが
「指摘される」
「引っかかる」
「呼び出される」あるいは
「怒られる」ことを心配して
行きたくないと思う人がいるようなのです。


〈乳幼児健診とは〉

正しくは
「乳幼児健康診査」です。
(以下、乳幼児健診とします)

母子保健法によって
1歳6か月児健診と3歳児健診の実施が
市町村に義務付けられていて
そのほかの月年齢は必要に応じて
任意で実施することとなっています。

5~6年前から
3歳児健診の後は就学時健診まで
空白の期間ができてしまうことから
支援が必要な場合に早期対応できるよう
5歳児健診が行われるようになりました。

〈なぜ乳幼児健診をするのか〉

乳幼児健診で重要なのは
健康診査の名の通り
「健康であることを確認する」
ということです。

「健康」というふるいにかけて
選び分けるのですから
「健康とはいえない」という判定が
出てくることもあるわけです。

このようなふるい分けを
スクリーニングといいます。

具体的な方法としては
身長や体重を測定して成長を評価し
問診や診察によって発達を評価します。

※「成長」は身体の大きさの変化
 「発達」は身体のはたらきの変化
 として用いています。

あわせて
栄養状態の確認や歯科健診も行ない
成長発達における問題(病気や障害)を
総合的な判定から早期に発見し
必要があれば治療や支援につなげていきます。

そして乳幼児健診では
小児科や歯科の医師をはじめ
保健師や助産師、管理栄養士
臨床心理士等が関わっているので
専門家に継続的に相談ができる
安心の場でもあるのです。

つまり乳幼児健診は
子どもだけを診るのではなく
お母さんの心の健康も確認できる良い機会なのです。

ではなぜ
一部のお母さんにとって
乳幼児健診はゆううつなものに
なってしまったのでしょうか?

〈テストは「結果」ではなく「反応」〉

たとえば6~7か月の乳児健診(任意)で
「ハンカチテスト」が行なわれます。

仰向けに寝かせた赤ちゃんの顔に
ハンカチやハンドタオルをかけて
その反応を見るものです。

生後6か月を過ぎるころから
ハンカチを認知して
視界がふさがれたことを不快に思い
自分の手で取り除く
という協調運動ができるようになります。

ハンカチを取り除けるかどうか
ということだけでなく
ハンカチの取り方やつかみ方や左右差など
「できる」「できない」ではなく
ハンカチをかけられたことへの反応を見るものです。

その前に
仰向けに寝かせようとしたところで
泣いてしまう赤ちゃんもいれば
ハンカチをかけられたことを楽しんで
取り除くことをしない赤ちゃんもいます。

ある小児科医のコラムで
ハンカチテストを説明した上で
「できれば『合格』」とありました。

テストだけに
「合格」があれば「不合格」という
軸の反対側を生じさせてしまうので
ここにお母さんたちは
ざわついてしまっているのです。

言葉尻をとらえるようですが
こうしたささいなことにも
配慮が必要な時代になっていると
個人的には感じています。

また
ハンカチテストでの反応以外にも
寝返りやお座りの様子やバランス感覚
人見知りが始まっているか
「あー」「うー」と話しかけるように声を出すか
追視や引き起こし反射なども診ていきます。

ですので
ハンカチテストができなくても
それだけですぐに発達に問題がある
ということには結び付きません。

健診の前にあせって練習をする
必要はありません。

※6~7か月健診およびハンカチテストを
 実施していない自治体もあります。

〈身体発育曲線はわかりやすい?〉

乳幼児健診で診察した内容は
問診票あるいは母子手帳に
記入されていきます。

健診では
・身長
・体重
・頭囲 の3項目を計測し
母子手帳の健康診査のページに
値として記入されます。

※3歳児健診での頭囲測定は
測定の根拠に乏しいことから
令和5年から記録欄がなくなっています。

さらに
母子手帳の中ほどには
乳児と幼児の男女別の
身体発育曲線というページがあります。

各測定値と年月齢でそれぞれの軸をとり
表にプロットするのですが
この身体発育曲線は
成長の評価を可視化するため
基準とされる範囲に帯状に色がついています。

身長を例に簡単に説明すると
同じ年月齢である100人が
身長の低い順に並んだら
何番目になるのかということです。

この色のついている帯の部分は
その100人のうち
3番目から97番目の範囲を示しています。

そのため視覚的には
非常にわかりやすいのですが
帯に入っていれば良くて
入っていなければ悪いと
感覚的に捉えがちです。

この帯にはもともと7本の基準線があり
その基準線の曲線に沿っているか
基準線を越えた場合は上向きか下向きか
あるいは横這いかといった推移を見ます。

必ずしも帯に入っている必要はないので
ある日の一点で一喜一憂せず
正しい見方を理解する必要があります。

〈乳幼児健診はなんのため?〉

健診で医師や保健師などから
怒られるのではないかと
不安を抱えている方もいます。

怒られるというより
「何か指摘されるのではないか」
「何か言われたらどうしよう」
と思っているようなのです。

たしかに
「まだ卒乳できてないの?」
「ちゃんと食べさせてる?」
「あなたはお母さんなんだから」
という心無い言葉や一方的な指導で
嫌な思いをされた方がいるのも事実です。

こうした情報を持っていると
健診に行く目的が
本来の「健康状況を確認」することから
お母さんが「怒られないこと」
「指摘されないようにすること」
になってしまいます。

そのため
本当は気になっていて相談したいことも
今度病院に行ったときにしようとか
問診票のここに○をつけると
別室に連れていかれるかもしれないから
違うところに○をつけておく
というようにです。

問診票には
子どもが「できる」か「できない」か
のような質問が多くあるため
「できないとダメ」と思ってしまう
お母さんも多くいます。

さらに子どもの健康状況について
保健医療者側が詳しく理解したいという理由から
細かいところにまで質問が及びます。

質問の数も多いため
なんでこんなに根掘り葉掘り聞くのかと
面倒に思うかもしれません。

最初に書いたように
乳幼児健診はスクリーニングであって
病気や障害を診断する場ではありません。

本来は「健康であることを確認」して
もし何かしらの対応が必要な場合には
早く治療や支援につなげることが目的ですので
指摘されること自体は悪いことではありません。

〈乳幼児健診の対応に求められること〉

市区町村で実施される
集団での乳幼児健診について
改善点を考えてみたいと思います。

残念なことに
地域の保健師や助産師との関わりを
煩わしく思っているお母さんも
少なからずいます。

ほかには
医師が診察中に首を傾げたり
母子手帳に
「体重増加不良」や「言葉の遅れ」と記入され
傷ついたというお母さんも。

乳幼児健診では
専門家が多く関わりますが
それぞれ専門分野が異なるうえ
「子育ての専門家」は存在しません。

「指導」という名のもとに
アドバイスするというスタンスが
そもそも違うと私は想っています。

私が子育て経験ゼロなのに
「子育て専門助産師」を名乗るのは
子育てをしていないからこそなのです。

体重が増えていない場合
母乳をやめてミルクにしなさいと
一方的に言うのではなく
まず「お母さんはどうしたいのか」。

そこからどうするのがいいか
お母さんの思いを踏まえつつ
いくつかのプランを提案し
お母さんに選択してもらいます。

「このまま母乳を続ける」
「夜寝る前にミルクを追加する」
「母乳のあとに毎回ミルクを足す」
「母乳をやめてミルクにしてしまう」

方法が決まったら
その後はどうするのか
たとえば
・2週間後に体重測定に訪問する
・体重が増えていなければプランを変更する
といったところまで提示されたら
不安を感じることなく実践できると想います。

「言葉の遅れ」と記入する必要があったとしても
「どんどん言葉を育てていこう」とか
「たくさん言葉に触れてみよう」という表現なら
傷つく人はいないでしょう。

「もっと話しかけてあげましょう」という
やわらかい表現もされがちですが
話しかけが足りないようにも受け取れますし
その子が大きくなって母子手帳を見たとき
どんな気持ちになるかなと私は考えます。

〈あとがき〉

乳幼児健診とは違いますが
市区町村の保健サービスには
保健師や助産師による新生児訪問や
生後4か月までの赤ちゃんを対象にした
こんにちは赤ちゃん訪問という事業があります。

いろいろと遠慮なく質問ができる
良い機会と思っている方もいれば
来てもらう必要性を感じないと
訪問を断わる方もいます。

そうやって意思表示ができればいいのであって
子育てに不安があったり
困っているのに言い出せないという方もいるので
一律に全員を対象としているのです。

よく聞かれるのですが
お部屋が片付いていなくても
お化粧をしなくても
お茶を出したりする必要もありません。

そこを気にするあまり
せっかくの機会を逃さないように
地域の保健師や助産師とつながってくださいね。

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