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美味しすぎない「かつ丼」

令和になって三年も経つと、他人と趣味嗜好について議論するのも面倒だ。かつ丼なんて最たるところだろう。やれ衣のサクサクが失くなるだとか、玉子は半熟がイイだとか、おらが町はソースだとかタレだとか。一介のサラリーマンにとってランチに必要なのは、評論家めいたSNSではなく仕事や上司からの切実な逃避なのだ。

職場近くの老舗の蕎麦屋は、仙台市の目抜き通りに店を構えていた歴史があると言う。商売をしてきた時間が美味さに比例する訳でもなく、かと言って卑下する味では当然なく。呆けて過ごし、虚けて食べるには美味すぎないぐらいが丁度いい。

くだらない世の主張などどこ吹く風。口の中にいるのはふわふわの玉子なのか、それともふやけた衣なのかと詮索することもない時間。世界がこの店のかつ丼のようだったら、戦争なんて起こらないのではないか?と思った日があったが、それは流石に疲れていたのだろう。

老舗の意地だろうか、かつ丼には小さな蕎麦が付く。特筆すべき味ではないのだが、その心意気は午後の鋭気になり得るものだ。

「温かい蕎麦でイイですか?」
「冷たい方で」

店員さんの立ち振る舞いを見るとどうやら常連の域に入っているらしいのだが、どうにも蕎麦の温度は覚えてもらえない。地獄のように熱いここのかつ丼には、冷たい蕎麦の口直しが心地よいのだ。


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