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【ショートショート】解放の時

私は今日、友達を亡くしたが最高の気分だ。

その子とはずっと昔から一緒で、毎日おしゃべりするような仲だった。
彼女は、本能や直感で行動しがちな私を論理と理性で理路整然と抑止してくれるクールなタイプの子だ。この冷静さに何度救われたことか。

私が一目惚れして盲目になりかけていた時も、彼女は冷静に語りかけてくれた。
「本当に彼のことが好きなのか。好きならば具体的にどこが良いのか。彼との未来は明るいのか」
この言葉のお陰で立ち止まって考えることができた私は、後に彼の悪い噂を聞き幻滅した。同時に、冷静さを取り戻させてくれた彼女に感謝した。

また、私は小さい頃から漫画家になりたいという夢を持っていたのだが、高校で進路を決める際に本当に漫画家を目指すべきか迷っていた。その時も彼女は諭してくれた。
「漫画家になれるほどの才能があるのか。漫画家として生きていけるのは一握りの人間だけだ。もっと安定していて高収入な職業の方が自分のためなのではないか」
この言葉のお陰で考えを改めることができた私は今、市の公務員として安定と収入を得られている。

挙げれば切りがないが、振り返ってみると彼女のお陰で私はここまで“無難”に生きてこれたのだと感じる。

その結果、自分の本当の声は聞こえなくなった。

仕事は作業のように同じことを繰り返す日々。休日も家でダラダラするだけ。当然のように彼氏もおらず、気づけばアラサー目前。
楽しいと思えることも、やりたいこともない無気力な日々。

いつしか私は彼女を遠ざけるようになっていた。
彼女の言葉を聞かないように。私の本当の声をもう一度聞くために。

しかし彼女は執拗につきまとい、永遠に話しかけてくる。
耳を塞いでも大声で話しかけてくる。

もう、うんざりだった。


そんな時、とつぜん彼女は死んだ。
原因は交通事故だ。

確か、左脳が損傷している……みたいな声を聞いた気がするのだけれど、そこからの記憶はない。

彼女から解放された世界はあまりにも自由で、神秘的で、全てが優しさに包まれたような完璧な状態に思えた。
当然、私の本当の声を邪魔するものは誰もいない。
ありのままの自分でいいんだと感じられる。

今はこの魂の底から感じる恍惚とした気分に浸っていたい。

あぁ、そうだ。
やっぱり私は漫画家を諦めきれていなかったんだ。

私の友達、“左脳彼女”が発し続ける言葉で忘れてしまっていた本当の声。

でも、やっと聞こえた本当の声もなんだか小さくなってきている気がする。
身体が宙に浮いているような感覚だ。

ふと下を見てみると本当に宙に浮いていた。
真下には手術室が広がり、頭部の左側が破損した私が横たわっている。
そして、ちょうど心電図モニターが0を示したところだった。

まあ、そんなことはもういいか。
本当の声が聞こえなくなることすらも、むしろ歓迎する。

全てからの解放の前では何もかもが素晴らしいことのように思える。

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