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ラープについての考察 2020

ラオス料理の追求を始めるきっかけの一つとなったのがラープという料理。幸せという意味を持ち、ラオスの祭事には欠かせない。親族や友人と楽しく食事することを大切にするラオス人の「幸せの形」がここに込められている。人の集まるところに「ラープ」あり、「ラープ」を分かち合い、各々が家路に着く。

では、なぜ、ラオスの人々は、この料理だけに幸せという意味を込めたのだろうか。その追求を3年前から始めた。そして、調べていくと、ラープには同類の様々なバリエーションが存在することに遭遇した。

ラープとは何か。どのように生まれ、ラオスの人々に定義されてきたのか。これは、ラオスと関わる上での一生のテーマになるかもしれない。

ここでは、2001年から2016年に滞在していた時の記憶と、2018年から2020年12月現在まで追求した現状の認識を記しておきたい。分かっていないことも、まだまだ沢山あるし、関心のある皆さんと追求していきたいと思う。

本稿に入る前に、まずは、ウィキペディアの紹介文より。同じウィキでも英語の方が詳しい。

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加熱した鶏肉のラープ

ラープとはなにか
ラープとは、ラオス伝統料理の一つで、ミンチ状など、手づかみのカオニャオ(もち米)と食べやすい形状(様々なバリエーションがある)になった主材(肉類の場合はその内臓も)、香味野菜、煎米粉、唐辛子、柑橘果汁、ハーブ類、調味料が渾然一体となった料理で、主に祭事などハレの日の席で食される。料理名でもあるが、語源の由来を考えると、一つの料理体系の総称として、また、生活様式の概念として存在していることも考えられる。

名前の意味
ラオス語の「ラープ(ລາບ)」は小乗仏教におけるバリー語の「ラーパ(ລາພະ)」から由来していると云われ、「福」「幸」「富」「財産」などの意味を持つ。一般的には、幸福と訳され「幸せの料理」と紹介されることが多い。例えば、タム(叩く)・マクフン(パパイヤ)など、料理名の多くが調理法や主材に由来するものが多い中、人の状態を表す言葉が充てられた、非常にユニークな存在である。

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古都ルアンパバーンの古刹シエントーン寺院の壁画

種類
ラープには様々な種類があり、名前の語尾につく単語で主材料が分かる。ガイ(鶏)、ノック(鳥)、ペット(合鴨)、ガイ・パー(野鶏)、ガイ・グアン(七面鳥)、グア(牛)、パー(魚)、ムー(豚)、ゴップ(カエル)、タオ(川藻)、グン(エビ)、水牛(クワーイ)など。

昼食

首都ビエンチャンの織物工房の賄いで出たラープを含めた食事。一緒にスープがついてくることが多い

形状
海外では「肉や魚をミンチ状にする」と紹介されることが多いが、それ以外に、そぎ切りにするもの、ペースト状のものなど、地域によって分かれる。ポピュラーなもの(所謂、一般的に紹介されているもの)は首都ビエンチャンなどラオス中部のミンチ状のラープが多く(ただし別の例も。本稿「余談」の項目を参照)、例えばルアンパバーンなどの北部だと湯がいて柔らかくなったナスを潰しミンチ状の主材と合わせたペースト状のものが出てくる。さらに北に行くと、そぎ切りのサーという名前に変わり、同じそぎ切りでも南部ではこれをゴイという。また、南部でラープ・パーと言えば、魚をミンチ状にしてさらに細かく包丁で叩き乳鉢にいれて加水しながら空気を含ませ練りこむものが出てくる。日本のナメロウに似た料理だが、多めの水分と空気を加えるので、よりふんわりとした形状のものが出来上がる。ラープとゴイの違いについて、非常に曖昧になっているが、魚に対しては、全国的に、そぎ切りをゴイ、ミンチをラープという傾向がある。ラープには、加熱するもの、生食のもの、など主材や嗜好によって分かれてくる。

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牛肉の生ラープ(ラープ・ディップ)

調味料
主にラオスの大型河川水系に広がる平野部ではラオス魚醤「パーデーク」が使われる。しかし、それらの地域から外れた北部の山岳地帯(盆地含む)では塩や山椒で仕上げるものが出てくる。これは、生産性や嗜好などの要因から地域的に魚醤がポピュラーではなかったからなのではないかと考える(北部山岳地帯の市場における魚醤の存在感は薄い=いわゆる売り場面積)。

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魚を塩、米ぬかで発酵させるパーデーク(ラオス塩辛)。加水煮沸して液体(ナム・パーデーク)を作り料理に使用する。ここでは、便宜上、これらをラオス魚醤パーデークとしている。

香味野菜

生やグリルをしたホムデーン(赤小玉ねぎ)やガティアム(ニンニク)、生のフア・マクピー(バナナの蕾)をスライス(グリルしたものは潰すなど)して主材と和える。

唐辛子

唐辛子(マク・ペット)は、小粒で激辛のものよりも中くらいの通常サイズにあたる生唐辛子を使う。生のまま小口に切ったり、一度グリル(テンパリング)して潰し、主材と和える。北部では、乾燥唐辛子だけを使うことも。生と乾燥の唐辛子を使い、辛味の多様性や時間差を生む手法もみられる。

柑橘果汁

マク・ナオ(ライム)の果汁を使うのがポピュラーだが、マク・コーク(ワイルド・オリーブ)の実を併用することも。

香草(ハーブ)
ラープの香りづけには、ホーム・ラープ(スペアミント)、パック・イトゥー(レモンバジル)、ブアラパー(タイ・スイートバジル、台湾バジルとして紹介されている)などが使われる。ホーム・ラープは、直訳すると「ラープの香り」となり、メインの香草として使われることが多い。ただ、ラオス人は文化定義には寛容な部分が多く、ミントでなくとも、その時にある他のハーブをメインにするので、ホーム・ラープがなければラープと言えない、ということではない。この他、フア・シーカイ(レモングラスの茎)、バイ・キフー(こぶみかんの葉)、カー(南姜)などを刻み、香りづけ(や臭み消し)をする。

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ホーム・ラープ(スペアミント)

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パック・イトゥー(レモンバジル)

煎米粉
カオ(米)・クア(煎る)といい、脱穀した浸水前のもち米粒を乾煎りして焦げ目をつけ、乳鉢で潰してパウダー状にする。ラープには、このカオクアが欠かせない。煎ることによりスモーキーなフレーバーが加味されるとともに、調味液を素材に纏わせる(dress+ing)の役割を果たす。油を使わない東洋のドレッシングというとヘルシーでオシャレな感じもするが、先人が培ってきた知恵には驚かされる。

余談
タイ東北部(イサーン地方)では、ゴイの特徴として、「生肉を生血や調味料などと和える料理」、「男が作る料理」という話を聞いたことがあり、印象としてはプリミティブな儀式に饗される料理なのではないのか、と感じた。

現在のラープという形が、語源の由来から仏教の伝来(ラオスの歴史では、ファーグム王のランサーン統一となる14世紀、仏教を信仰していたカンボジア出自の王妃により)とともに入ってきたと仮定するならば、その前にあった精霊信仰の儀式(言い伝えでは生贄の儀なども)には、原始的なゴイという料理(調理法)があったのかもしれない。

ちなみに、ゴイという単語の音を隣国の言語で調べると、ベトナム語の「和える」という単語にたどり着く。そして、カンボジアの古典料理店を訪れた時に、ゴイという名前でラオスと同じ料理が存在した。これは、タイ東北部、ラオス南部、カンボジア、ベトナムにかけて、ゴイという料理が存在したのではないのか、そんな妄想を抱いてしまう。(ちなみにラオス語の茹でる「ルアック」の同音語を探すと、ベトナム語の茹でる「ルオック」に遭遇した。後付けになるが、素材を茹でて調味液に浸して食べる料理は、淡白なベトナム風に類似すると言えなくもない。与太話なのでカッコとじ)

話は変わり、なめろう風のラープ・パーだが、ユーチューブをサーフィンしていると、タイ人が「ラープ・パー・レオ(柔らかい)」と言ったり、ラオス人が「ラープ・パー・ムン(潰れた状態)」と言ったり、これは多分、ゴイのことをラープと認識されている昨今の状況を踏まえた、その場の個人的な発言ではないかと考えるが、その意図を聞き取りしたわけではないので、今後の課題に残しておく。

ある文化研究者との酒席での話。三国志で有名な曹操は、中国南部でナマスを食べたという。古来のナマス(膾)は、野菜の酢漬けではなく、肉類などを滅多斬りにした状態のことを呼んでいたらしく、曹操は肉のラープを食べたのではないか、と赤らんだ顔で話されていた。

別途、中国貴州省を旅した友人の写真には、ラープのような生牛肉の料理が写っていたので、中国南部にもラープは存在するのだと思う。おそらく、ベトナムの山岳地帯にも・・・。

タイ北部には、生の豚肉を食すラープがある。ラオスでも北部山岳地帯の一部で生豚肉を食す民族がいるという。

1975年の革命後に難民として来日したラオス人の作るラープ・ガイ(鶏)は、大抵そぎ切りだ。ラオス中南部の人が多い。日本のスーパーではミンチ肉が売っているが、それは使わず、フィレをそぎ切りにしてラープを作る。昔ながらのラープの形がここにあるとすれば、中南部のそぎ切りもラープということになるかもしれない。


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わかりにくい写真だが、生豚肉のラープ・ディップ

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同上、火を通したラープ・スック


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ラオスの南部で食べたゴイ・ペット(合鴨)

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ラオス南部のゴイ・パー

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首都ビエンチャンの老舗ラオス料理専門店メニュー。ラープとゴイのページ


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ラオス北部の山の村で食べたラープ含む食事。奥がラープ・グア(牛)

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古都ルアンパバーンの料理教室で習ったラープ・ムー(豚)とその他の料理

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首都ビエンチャンのツーリスト向けレストランのラープ。レモングラスがたっぷりと

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神奈川県在住のラオス人が作ってくれたラープ・ガイ

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首都ビエンチャンのオシャレカフェの日替わりランチセットのラープ

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ラオス北部の湯がいたナスを潰して和えるラープ・パー

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これが湯がいたアジアの丸茄子(ラオス語でマクア)

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東京都昭島にある在日ラオス人二世によるラオス料理店でのラープ

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関西在住のラオス人が作ってくれたラープ。バナナの蕾が入っている

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神奈川県愛川町のラオス寺の祭りで大量に仕込まれたラープ

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同上

ラープ・タオ(川藻)


南部のラープ・パー

以上、ラープ小図鑑でした

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ソークディー・レ・ポップカンマイ(また、会いましょう)

参考文献:(販売サイトのリンクですが、販売を促す意図はありません)

この他、ラオス各地の方々、在日ラオス人の方々、日本人のラオス料理人の方々にお話を伺いました。

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