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愛すべきマッドサイエンティスト・ドクのメッセージ『デロリアン・タイムマシン オーナーズ・マニュアル』

ドクが綴った日記を読んでほしい

映画『バック トゥ ザ フューチャー』(以下、BTTF)ファンが思わずニヤリとする本がある。『デロリアン・タイムマシン オーナーズ・マニュアル』(玄光社)。BTTFに登場する「デロリアン・タイムマシン」の解説本だ。しかも、開発者である“ドク”(エメット・L・ブラウン博士)自身が、各機器の仕組みを記すという体裁になっている。

例えば、タイムトラベルの要となる「次元転移装置」。小さなワームホールを発生させることで時空を超え、Part2ではゴミを燃料にした核融合発電によって作動している……などなど。映画本編では詳しく描かれなかったデロリアンの秘密が満載である。

ファンにとって更に感動的なのが、この本に掲載されたドクの手記だ。ドクは一体どんな想いでタイムマシンを作ったのか? 発明家としての苦悩と喜びの30年間がつづられている。

彼がタイムマシンの原理を思いついたのは1955年で、その後の1962年に転機が訪れる。キューバ危機で世界が核戦争の可能性におびえていたころのことだ。

私財を投じて開発を進めるドクのもとに、米国の政府関係者がやってきてこう話す。タイムマシンを使って過去に戻り、共産主義の芽を摘めないか? カストロの台頭を阻止し、キューバ危機をなかったことにできないか? それが可能ならば、世界の安全のため、政府として研究の資金援助をするとのことだ。資金繰りに困っていたドクにとって、願ってもない話だった。

もともとBTTFは、過去のマーティンの父母や未来のマーティンの息子を助けに行くなど、個人の事件にフォーカスしたドラマだった。しかし俯瞰してみると、映画の内容はもっとスケールの大きな話の一部に過ぎなかったのだ。こんな歴史改変SF的なエピソードが隠されていたとは……。BTTFファンとしては実にワクワクするじゃないか!

元・超エリート科学者の苦悩

ところがドクは政府の打診を断ってしまう。

「まったく、私は何を考えていたのだ? たったいま、ナチス、ソ連軍、スペインの征服者までがことごとくタイムマシンと核兵器を保有するという、生々しく強烈な悪夢から目が覚めたところだ。すでに承知していたことをはっきりと認識させられる夢だった。軍や政府にタイムトラベルを利用させるのは危険であり、無責任でもある」
『デロリアン・タイムマシン オーナーズ・マニュアル』

確かに映画本編で、ドクはタイムマシンが悪用される危険性を度々訴えていた。それを聞かされた主人公・マーティンは、あまりピンときていないようで、せっかく作ったデロリアンを破壊するなんてもったいないという。

しかしドクにとっては、全く大げさな話ではなかった。『オーナーズ・マニュアル』の日記によると、彼はかつてアインシュタインとともにマンハッタン計画に参加していた。だから元・超エリート科学者だったのだが、核兵器を作ってしまったというトラウマをずっと抱えて生きていた。

それでも彼はタイムマシンを作ってしまう。結局、好奇心のままに行動したわけだ。

「全ての発明家は、とりわけ膨大な時間と資金を注ぎ込んだあとでは、理由が自己満足以外になくとも、己の発明が成功するであろうことを証明したいものだ。単純に言ってしまえば、われわれは『うまくいった!』と証明したいのである」
『デロリアン・タイムマシン オーナーズ・マニュアル』

では、なぜドクは『オーナーズ・マニュアル』なんてものまで書いたのか?

本書を開くと、タイムマシンの原理に関する重要な箇所は黒塗りして消されている。あえて虫食い状態にしているのだ。ドクが考えるに、タイムマシンは人類にとってまだ早すぎる発明品だ。今、その原理の全容を明らかにすべきではない。だけれども、彼には『オーナーズ・マニュアル』の読者に伝えたいこと、どうしても共有したいことがあったようだ。

「タイムトラベルの秘密が誤った手に渡ることを防ぐ追加の予防措置として、この本に記された情報や方程式のなかには、あえて間違った記載をしているものもある。だが、これ以上タイムトラベルの負の側面に焦点を当てるのはやめておこう。発見と発明とは大いなる喜びが伴うものであり、私が分かち合いたいのは、その喜びなのだ」
『デロリアン・タイムマシン オーナーズ・マニュアル』

いつの日か『オーナーズ・マニュアル』の内容に魅せられた読者が、黒塗りの部分の謎を解明するはずだ。再びタイムマシンを作りあげたとき、人類はきっと成長し、正しく使いこなす理性を持っているだろう……。ドクはそう信じているのだ。


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