Culture|ことばの記憶 〈03.サウナで嘘をついてはいけないよ〉
フィンランドの日常にサウナは欠かせません。
我が家の定番は、どんなに忙しくても家族全員が集まって一緒に入る毎週木曜日のサウナ。夏は、湖とサウナを何度も行き来しながらゆったりとした時間を過ごすサマーコテージのサウナ。クリスマスイヴの日は、豪華な食事の前に赤いキャンドルを灯してサウナに入るのが我が家の決まりです。その他にも、プールのサウナや友達とふらっと行く公共サウナなど、フィンランドに住み始めて以来、様々なサウナを経験しました。
今回は、その中でも特に印象に残っているサウナ体験と、そこで耳にした言葉をご紹介します。
フィンランドに古くから伝わる伝統的なサウナ行事の中に、Morsiussauna(モルシウスサウナ=ブライダルサウナ)があります。人生の新たなスタートを迎える女性が健康で美しく純粋な魂で結婚式に参加できるように、サウナに入って汚れや悪霊を洗い流すという、古くは結婚式の前夜に行われていた行事です。
私の結婚式の約1ヶ月前、フィンランドの友人達がサプライズでモルシウスサウナを企画してくれました。
イベントの舞台となったのは、1928年開業、ヘルシンキ最古の公衆サウナ「kotiharjun sauna(コティハルユンサウナ)」。ヘルシンキの街中にある、古き良き趣のあるサウナです。
モルシウスサウナのやり方は地方や場合によって様々ですが、私が体験した手順はこちら!
1:まず、サウナに入ると薔薇の花びらやチクチクした針葉樹の枝、松ぼっくりなどがひかれたベンチの上に座ります。これは、結婚生活がいつも薔薇色で踊るような毎日ではなく、時には辛いこともあることを味わうためのもの。現実をしっかりと見つめるように、ということ。
2:サウナに入りながら、過去の出来事について友人達から質問攻めに遭います。嫌な思い出は新生活に持ち込まないように、このサウナで全てを話し、熱く熱したkiuas(キウアス=サウナストーブ)で追い払ってしまおう!ということで、昔の恋愛話から始まり、家族や友人や仕事のこと、根掘り葉掘り質問が飛んできます。
そしてその時、友人達が教えてくれた言葉が、
「サウナで嘘をついてはいけないよ」
サウナは神聖な場所。ありのままの自分で、本音の大切な話ができる場所。ひとつひとつの質問に正直に答えなくてはいけません(あまり今まで話したことがなかったようなドキッとするようなことも)。今日ここで全てを話したら、もうそれでおしまい。新生活の前に過去をスッキリ洗い流します。
3:ヴィヒタで体をパシパシと叩き、今まで犯した罪を追い払います。ヴィヒタで体を叩くことは普段のサウナでも良くありますが、今回ばかりは友人等も気合を入れて叩いてくれました。
4:サウナから出て体を洗います。ここで体を洗うのに使うものはなんと、塩、小麦粉、卵、蜂蜜。まず塩と小麦粉で背中を友人が洗います。塩は、古い塩で喉が乾かないようにするためのもの(昔のパートナーを思い出すことをフィンランドでは「古い塩で喉が乾く」と表現するそう)。小麦粉は、将来の充分なパンが保証されることを意味します。そして、頭の上で割られる生卵で将来の子供の幸福を願い、最後は蜂蜜で顔を洗って、これからの夫婦の甘い生活を保証します。
5:サウナから出ると、友人が髪の毛を梳かし、三つ編みを編んでくれました。三つ編みは大人の女性を象徴しており、新しい生活への準備ができたという証だそう。
6:最後に外に出て、ヴィヒタを屋根の上に背中を向けて投げ、将来の子供の性別占いをします。屋根の上に載ったヴィヒタの持ち手が上を向いていたら男の子、下を向いていたら女の子。とはいえ屋根の上に投げるので、どっちに向いているかなんてわからなかった!それはきっと私達だけでは無いはず。
ここでモルシウスサウナは終了。
私の体験したこと以外にも、サウナの中で壁を叩いたり騒いだりして大きな音で悪霊を追い払ったり、サウナに入っている間に花嫁の服を裏返しにして花嫁が怒りやすいかどうかを確認する、等々、様々なやり方があるようです。
どれも魔法を使っているような、おまじないをかけているような、愛らしさや神聖さを感じるものばかり。サウナの中でフィンランドの伝統に触れることができたのは、一生に一度の貴重な体験になりました。日本からまだ引っ越してきたばかりだった私を思い、企画してくれた友人達に心から感謝しています。
普段何気なく入っているサウナ。その伝統に触れたことで、サウナの持つ神聖さやフィンランド人におけるサウナの存在の大きさに気付くことができました。
“Saunassa ei valehdella.”
「サウナで嘘をついてはいけないよ」
サウナに入る度に思い出す、ことばの記憶。
サウナでは心も体も素っ裸、何にも隠せないぞ!と思わせる一言です。サウナに入る時は、心と体はリラックスしつつも、心の背筋はピンっと伸ばしていたいなと思っています。
Instagram:@emi_viitanen