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Design&Art|デザインを探して 〈03.光の地下散歩〉

日本でも世代を超えて長く愛されている、フィンランドのデザイン。アアルト大学でデザインを学び、現在は日本とフィンランドを繋ぐデザイン活動を行っている、lumikka(ルミッカ)のおふたりが、フィンランドデザインをつくる様々な要素を探り、その魅力を紐解きます。

ひかり溢れる北欧の夏と、沈黙の冬。

北に位置するがゆえに、ヘルシンキの街を照らす太陽の光が季節によって大きくうつり変わることは広く知られていますが、この街には、いつも変わらず光に満ち溢れている空間があります。

ヘルシンキメトロ。世界の最北端にある地下鉄です。

ヘルシンキの東西方向に走るこの地下鉄は、1982年の完成以来、着々と延長工事が続けられていて、今日に至るまでちょっとずつ西へ東へとその範囲を拡大してきました。地下深くにつくられる駅にはもちろん太陽光は入ってきません。そのため、駅の空間は「光」に対してとても慎重に設計がされており、どの季節でも心地よい空間が広がっています。

今回は、ヘルシンキの地下の世界を歩いたり、ときに電車に揺られながら、光に溢れる美しい風景を探しにゆきます。


旅のはじまりは街の中心、カンピ駅から。

カンピのショッピングモールを歩いていると、自然と目に入ってくるのがこの黄色い謎のオブジェ。実はこれが異世界への扉、つまり地下の駅へのエントランスです。

足を踏み入れると、はるか下までつづく長いながいエスカレーター。周期的に横を通り過ぎる広告と均質な壁、均質な光。さながら高速道路のトンネルを車で颯爽と走っているかのような気分になります。

トンネルを抜けると、世界中の都市の方角を示した銀色のオブジェが目に入ります。はるか彼方の東京へ、想像を巡らせながら。

静かな大空間に流れ込む、心地よい機械音。
灰色の洞窟に差し込む鮮やかなオレンジ。

東京の地下駅とはまるで違った音・光の空間がヘルシンキの地下には広がっていて、その風景はいまでもとても印象的に記憶に残っています。ノイズが少ない、あるいはノイズすらも心地よいと言える美しい空間です。

オレンジ色の車両のデザインは、フィネル / FINELのかわいらしいポットなどで知られるアンティ・ヌルメスニエミ。どうしてオレンジなのだろうと考えたことは一度だけではありませんが、毎日のように使っているとなんとなくその理由も、魅力も、わかるような気がしました。ぶら下がったオレンジのベンチに腰をかけていると、ちょっとだけ気分が軽くなるような、ならないような。けど、そのくらいの小さな感情のゆらめきさえも、通勤や通学をする人たちにとっては大きな救いなのかも知れません。


そうこう考えているうちに、電車はとなりの島へ。ラウッタサーリ駅です。

簡素なカンピ駅とは打って変わって、天井には700個もの光の粒が宝石のように輝いています。じっくりと眺めていると、光がゆらゆらと点滅していることに気が付きます。

と言うのも、2017年以降にできたいくつかの駅にはデザインのテーマがその土地にちなんで設定されており、海に浮かぶラウッタ島のこの駅のテーマは「水」なのです。水面のようにゆらゆらとしながら輝くペンダントライト。とても美しくて、つい視線は上へと向かいます。

乗降場のライティングは、きちんと明るく水平に広がるようにデザインされているので、空間全体にメリハリがあってとても心地がよいのです。

窓に反射する電車の中


続いてはコイヴサーリ駅。ここのテーマは「海」と「水」です。先ほどとちょっと似ている...と思いきや、この駅はなんと海底にあるのです。そう聞くと、なんだか駅のデザインもそれとなく海の中のように見えてきて、わくわくとした気持ちが泡のように湧き上がってきます。

海底に降りそそぐ光の雨のように、やさしい光の束が地下の暗闇を照らします。

ヘルシンキの地下鉄のいいところは、乗り場が右と左のふたつしか無いところ。特急や快速、通勤快速といった変化球もなく、ただ行きたい方向の電車に飛び乗ればよいのです。(と言いつつ、右と左がわからなくなり結局スマホで調べることもしばしば...)


西へと向かう電車の窓から

わかりやすいのは乗り場だけではありません。駅の照明がそれぞれ異なるデザインなので、たとえ車内アナウンスが聞き取れなくても、天井を見ればどこの駅なのかなんとなくわかるようになっています。

とりわけ特徴的なこのデザインは、ケイラニエミ駅。地元のアーティストによって、「Light Weave」と呼ばれる照明がデザインされました。

この駅で降りる機会はあまりありませんでしたが、アアルト大学駅のひとつ前だったので白と黒のスタイリッシュな照明は電車を降りる目印となっていました。


最後に、アアルト大学駅。アアルトが設計した赤レンガの校舎が連続しているかのような、落ち着いた雰囲気のデザインが美しい。世界中から集まる学生たちはここへと向かい、そしてまた、ここから世界へと羽ばたいてゆきます。

長いエスカレーターを地上に向かって昇っていくと、明るい世界の片鱗が目に入ります。ヘルシンキの中心地からここまで電車で20分。ほんのわずかな地下鉄の旅ですが、やはり太陽の光を目にすると気分も明るく、晴れやかに。


天気のようにうつり変わる人の感情と、地下の世界の変わらぬかがやき。

「変わらない」ということが、かえって私たちのなにかを変えてくれる、落ち着かせてくれる。そんな小さなリラクゼーションがフィンランドの日常には溢れているような気がしていて、それは地下でかがやく光の風景から感じたことです。

機能と見た目のどちらが大事か、という議論が度々巻き起こるデザインの世界。でも、「それが人々の心を癒してくれるか」みたいな、もっと人間の生の感情に寄り添う視点があってもいいんじゃないかと思うことがあります。

これを「デザイン」と呼べるかわからないけれど、なんだか心地よい。という感情が、使い手である市民の心にすこしでも存在していたとしたら。デザインの本質は、デザインという概念の外側にあるのかも知れません。

黄色いオブジェからゆらぐ光の粒まで。ヘルシンキの地下の世界から。

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instagram:@lumikka_official

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