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Culture|ことばの記憶 〈01.悪い天気なんてない、悪いのは服装だよ。〉

2012年にフィンランドへ移り住み、日本とフィンランドのデザインや伝統を融合させたものづくりを行う、デザイナーのEmi viitanen(エミ・ヴィータネン)さん。このコラムでは、作品制作に子育てに、忙しくも楽しい毎日の中でEmiさんが耳にした、北欧の文化や国民性を象徴するフィンランドならではのことばをご紹介します。

冬真っ只中のヘルシンキ。暗くて寒く、長い長い冬は、冬至を折り返して少しずつ出口が見えて来たところでしょうか。1月の平均最高気温は-3度、平均最低気温は-8度。外は凍えるような寒さです。寒い日が続くと、湖や海までもが凍り、凛とした空気が街を包みます。

凍った海と水鳥たち

数年前の冬。フィンランド人の友人が、湖の上でスケートをしよう!と私を誘ってくれました。スケート初心者の私でしたが、湖の上でスケートができるなんて!!とワクワクを抑えられず、一緒に行ってみることにしました。

しかし当日は吹雪。街用の冬服しか持っていなかった私に、友人がアウトドア用の防寒具を貸してくれました。ズボンの上から履ける防水パンツやスキー用の二重の手袋、コートの上に重ねるジャケットにスキー用のゴーグル。靴下の上にはもちろん毛糸の靴下。完璧な装備をして、森の中をスノーシューを履いて湖まで歩き、湖上のスケートに初挑戦しました。

防寒着のおかげで寒さは感じませんでしたが、辺り一面が吹雪で真っ白!何にも見えず、スケートも下手っぴな私。あんなにワクワクして行ったはずなのに、スケートを楽しめたかどうかは残念ながらお伝えするまでもありません。大自然を吹き抜ける吹雪や凍った湖の上を滑ることに、小さな不安さえ感じていたように思います。

でもスケートの後、強風の吹き荒れる湖のほとりで友人が持って来てくれた温かいお茶とお菓子を頬張りながら、友人に言われたこの一言は今でも記憶に焼き付いています。

「悪い天気なんてない、悪いのは服装だよ。」

よりによって、吹雪の日にスケートに行かなくても。日を改めた方が良かったんじゃないかな…。そんなことを薄々考えていた私。友人はこの吹雪をきっと心から楽しんでいて、楽しむためにしっかりと服装などを準備しているんだ、とその時はただただ、その柔軟な友人の考えに感心していました。


そしてこの言葉をグッと身近に感じるようになったのは、その後何年か経ち、子供達が保育園に通うようになってからのことです。

子供が保育園に入る際に、準備する物のリストを渡されたのですが、その中に、レインコート、レインパンツ、雨靴に雨用の手袋、とありました。春秋用のアウターは防水性のものを用意していたので、それだけではダメなのかと先生に聞いたら、もちろんダメよ!と先生にニッコリされてしまいました。それでは仕方ない、とお店に出向くと、フィンランドの子供用雨具の充実さに驚かされました。

Kuravaateet -雨具- 

素材のイメージはお魚屋さんパンツ!雨具は全て、水を通さない厚めのゴム製で出来ています。長袖・長ズボンの上下が繋がったつなぎタイプのものと、裾から胸あたりまである長いズボンにファスナーとボタンがついたフードジャケットを合わせるものと2種類あり、ジャケットの袖とズボンの裾にはゴムが入っています。

そして手袋は、手首をしっかり覆えるようにバンドがついていて、これを袖の上から被せることで袖からの水の侵入を防ぎます。長靴はおそらく日本のものと大きくは変わりませんが、ズボンの裾のゴムバンドを長靴の底に被せることで裾と長靴の隙間から水が入るのを防ぐことができます。

こんなに本格的な雨具が本当に必要なのか、と最初は不思議に思っていました。でも、数ヶ月子供達を保育園に通わせているうちに、なるほど、これは確かに必要だ、と納得しました。というのもフィンランドでは、大雨でも庭がドロドロでも、保育園の子供達は元気に外遊びをするのです。

外遊びは子供の発育に非常に重要なものであると言われています。そして、先生は子供のすることを、他の人の迷惑にならない限り、危なくない限り、邪魔したりしません。なので、園庭への門が開いた瞬間に子供達は、泥の中、水たまりの中へまっしぐら!

普段なら、洋服が汚れるから、濡れるからやめなさい!というところ、この雨具のおかげで何も気にする必要がありません。園庭には、泥で作ったチョコレートケーキ屋さんが開店し、雨水を塞き止めたダム建設現場が出現します。

先生が私の子供のことを、泳ぎが上手ね!と言うので何かと思ったら、その日は大きな水たまりの中にダイブして遊んでいたそう。雨の日には雨の日ならではの楽しい光景が広がります。雨の日をこんなふうにポジティブに楽しめるなんて、この完璧な雨具なしでは考えられません。

https://www.hyvaterveys.fi/より引用

そして、雨の日にしっかりと防水対策をするように、寒い日にはしっかり防寒対策をします。温度によってどんな洋服を着たら良いかが一目でわかるように、幼稚園ではこんな図をよく見かけます。

寒い日は部屋着の上にウールのセーターやつなぎ、その上に防水防寒のしっかりとしたアウターを重ねます。首にはタートルネックを首回りで切った様なネックウォーマーをし、手袋は5本指の薄めのものの上に防水のミトンを重ねます。

靴下はいつもの靴下の上にウールの靴下、その上には冬用ブーツ。手袋の縁はジャケットの袖の中に入れ、ブーツはズボンについているゴムを被せることで外気との隙間をしっかり塞ぐのは雨具同様です。帽子は泥棒さんが被るような目出し帽の上に、もう一枚ニット帽を被ることもあります。

外に出た瞬間はピリッと外気温を頬に感じますが、外で体を動かせばポカポカと暖かく、雪の中でも快適に過ごすことができます。雪の中を駆けずり回ったりフワフワな新雪の上に寝っ転がったり、雪山をコロコロ滑り降りたり。フィンランドの子供達は、寒い日も外遊びを最高に楽しんでいます。


凍った海の上でその味を確かめる

“Ei ole huonoja kelejä, on vain huonoja vaatteita.”
「悪い天気なんてない、悪いのは服装だよ。」

友人に教えてもらった言葉でもあり、フィンランドのことわざでもあるこの言葉はきっと、こんなふうに季節や天候を全身で感じながら子供時代を過ごしてきたフィンランド人ならではの発想なのかもしれません。

私も子供達を見て、本格的な雨具や防寒具を少しづつ揃えています。そして、雨の日に水たまりをパシャパシャと飛び跳ねたり、雪の日に雪まみれになったり、どんな天気でも自然の中で遊ぶ楽しさを子供達と一緒に味わっています。

ありのままの天候を受け入れ、その状況を楽しむことができるフィンランドの子供達、そして大人達。私もそんなふうにありたい。いつかまた吹雪の日に湖上のスケートに行くことがあったら、今ならきっと全身で吹雪を楽しむことができるはず。そんな気がしています。

Instagram:@emi_viitanen

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