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寒いから、暖かくなれた夜のお話。

AM3:00。

秒針の音をすっかり忘れたデジタル時計。
シャンと反り立ったようにまっすぐで、角張った緑色の3:00。
暗闇にすっかり慣れた目で、見渡す顔なじみの部屋。

眠れない。

ぐるぐると頭のなかで反芻しつづける。

何がだろう。
何が反芻しているんだろう。

とりとめもなく因数分解を繰り返すけれど、似たようなシチュエーションで飽きるほど試して、大体行き着く先は同じだって。
そう千の夜に誓えちゃうくらい、ありふれてしまって、眠ることも馬鹿らしくなる。

泣き叫んだって、暴れまわってみたって、気が変わることはなくって。
チラチラ「充電中」を知らせるスマートフォンを手にとってみたって、拙いフリック入力でSOSをSNSに書き込んだって、こんな夜はまた性懲りもなく訪れる。

どうせ何度だって。

カーテンを締め切った部屋からは夜の様子がうかがいしれない。


助けを求めるように体が動いた。

パジャマの上から大柄なウインドブレーカーを背負って、耳までスッポリかぶれるニット帽をひっつかんで。
飛行機で座席のポケットに収納されてるような雑なイヤホンを、充電コードと強制的にお別れさせたスマホにぐさりと刺して。
テーブルの上のペットボトルを、右のポケットに無理やり突っ込む。

AM3:05。

玄関から外にでる。

・・・

冬から引き継ぎ真っ最中の冷たい風を頬で受け止めて、暗夜の中を歩く。

意外なこと、鳥のさえずりがもう聞こえている。

無機質な街の様子に似合わない、大自然から迷い込んでしまったみたいに場違いなさえずりだった。

しんと澄み渡る無臭が、鼻にさす。

部屋にいる時は気づきもしなかった。
外の香りって、こんなにも希薄なんだ。

自分の部屋は、自分の香りでみっちりと満たされていて、これじゃあ確かに考えても堂々巡りになってしまうわけだ。
だって『私』に包まれたまま考え事したって、どうやっても『私』になるじゃんね、と勝手に一人で得心していた。

ある建物の開け放たれた非常階段を昇る。

カンカンと、靴底が鉄を打つ小気味のいい音を、一定のリズムで奏でながら屋上を目指す。

最後の一段をスタッカートで締めると、景色を見渡す。

月明かりは、曇り空の向こう。
ビル街の真っ只中の、さして背も大きくない建物からの景色などたかがしれていて、なんとかビルの隙間から遥か向こうの山際の陰くらいしかみえない。

ヴーンとうなり続ける室外機に腰をかけて、わずかな窓明かりと暗闇のコントラストを見つめながら、ポケットに入ったペットボトルを取り出そうとする。

でも、想定と反対のポケットだったようで、イヤホンが突き刺されたスマートフォンを代わりに取り出してしまう。

・・・

AM3:11。

ニット帽からむき出しにした耳にイヤホンを突き刺し、プレイリストから「toe」の「goodbye」を再生する。

お気に入りのインストバンドで、存在を知ってからもう15年以上になる。

あれから、いろんな音楽を聞いてきた。
でも、不思議と行き着く先は、あの頃と同じ音楽。
ちょうどさっきまで部屋で反芻していた事に、ちょっぴり似ている。

行き着く先は同じ。
でも、違うのは途方もない安堵感が私の中に広がること。

ビル街を抜ける風がつよく吹きさらす。
露出している顔にあたり、そこから首、胸、そして身体中に寒気を広げる。温かさを取り戻しつつある心と反比例して、このままでは風邪を引いてしまいそうだ。

イヤホンを外して、スマートフォンをポケットに。
持ってきただけのペッドボトルに多少のもったいなさを感じて、仕方なくとキャップを回して一口だけ飲んだ。

・・・

AM3:19。

来た時より少しだけ遅いテンポで、鉄の階段を踏み鳴らす。地表が近づき、風の音と鳥のさえずりが少しだけ遠くにいった。
体をブルブルと震わせながら、『私』で満たされた家に帰ってきた。

部屋に入ると、慣れ親しんだ私の臭いを感じた。
あのまま部屋で夜を明かしていたら気づくことのなかった私自身の臭い。

それからポケットのペットボトルと、スマートフォンを放って、ウインドブレーカーをさっさとハンガーにかけ、ニット帽をフックにひっかける。

そのままベッドに飛び込み、顎先まですっぽりと毛布を被る。

暖かい。
暖かすぎて、ちょっとだけ涙が出た。

外の寒さがあるから、暖かいと感じれるんだ。
暖かいは、単体では存在しない。
かならず寒さとセットなんだ。

そんな当たり前のことを反芻する。

そういえば、結局私は何を反芻していたんだっけ。

…ううん、もうどうでもいっか。

こうして、雨風をしのげて、ベッドなんていう世紀の大発明で、毛布が当たり前にある環境で過ごしていて、枕に頭をうずめて、どうしようもない安堵の中で、私は過ごせている。

・・・

AM。。。ううん、もう時計は見なくていいね。

ただ目をつぶって、石が投げ込まれた水面が、もとの凪に戻るように。

暖かさに包まれながら、今日も夜は明ける。





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