知ることは力になる:私は何をやっているのか

個人事業主や小規模な会社の方に向けて、下請法について知りましょう、と投稿したところ、気になる引用をいただきました。主旨としては、

・知ったところで主張できない(だから無駄だ)
・弁護士なら戦ってくれるけど、行政書士は何ができるの?

の2点と思います。

通知の調子が良くなかった上に私がしばらくTwitterを見られず、引用に気がつくのが遅くなってしまったこと、全体の調子から返事が欲しいわけではないのかなと思ったので、個別のお返事はしていません。
また、もし主旨を読み違えていた場合には、私個人の読解力の問題ですので、そこはご容赦ください。

ただ、「知ったところで主張しないから無駄だ」という考え方については、ぜひともそうではないことを伝えていかなければならない、これまで伝わっていなかったとしたら問題であり、今後も定期的に発信しなければならない、と感じました。その方だけの問題ではなく、そのように考えるすべての方に伝えたいことです。

アカウントそのものの運用方針とも重なるところがあるので、少し長くなっても丁寧に書きたいと思います。

知ることと主張することとは違う

まずもっとも大切なのはこの点「知ることと主張することとは別ものだ」ということです。

私が色々な法令や制度について発信しているのは(その中にはネタでしかないものもあれば、今回のように特定の人に役に立つかもしれないものも含まれますが)、まずは知ることが大切であり、知ることへの抵抗を減らすことが必要だと思っているからです。

でも、知ったからそれを使って主張してください、とまで言っているわけではありません。下請法は一例ですが、下請法について知っていたところで、弱い立場の事業者様が面と向かって相手を責めることなどできない、そんな場面は当然あるでしょうし、いつもそうだ、という方も多いでしょう。

だけどそれでも、今日知った知識が明日を変えなかったとしても、それでも知ることに意味があると考えます。

ここでひとつ注釈しておくと、もちろん下請法のことは大企業こそ知らなければなりません。本来ならば、中小事業者が何も知らなくても、大企業が正しい運用をすべきなのです。
とはいえ、大企業の人がツイッターで一個人の発言を見て「下請法の勉強しなきゃ」と思う可能性は、小規模な事業者さんが見かけて興味を持つ可能性よりずっと低いです。そこでその話題を引っ込めるのではなく、弱い立場の側にも知るように訴えかけたのはなぜなのか。
この経緯から今回は、「弱者の側が知るということ」に絞って話そうと思います。

知ることによって何が変わるのか

では、あえて弱者の側が知ることの意味とは何なのか。
大きく分けて2つ、ご紹介します。

スタート地点に違いが出る「問題に気づく」力

まずは図でざっくり見てみます。

知っていれば、トラブルを予測・予防でき、解決の見通しも持てる

何か問題のある言動をされたとき、「あれっ、それは問題があるのでは?」と気づける人と気づけない人では、「スタートライン」が全然違うのです。

問題があるぞ、と気がつける人は、その場で主張をしなくても、トラブルを予防するような行動、早めの専門家への相談、関係の終了(必ずしも喧嘩別れではなく、機会を見て円満に終了するように心がけることや、別の取引先と天秤にかけるときの参考にすることも含む)などに取り組めます。

最初に問題があることにさえ気づけていれば、トラブルが起きる前に「どういう対策をすればトラブルが避けられるだろうか?」「もし相談するとしたら、誰に相談すればいいだろうか?」「もっとよい取引をするには、どう持ち掛けるべきだろうか?」などを、自分で調べることもできます。問題があると気づくことができなければ、それすらできません。

いざ何か大きな問題に発展したとき、問題に気がついていた人は準備ができていますが、問題に気がつけなかった人は「突然大きなトラブルが発生した」と感じます。急なことなのでパニックにもなりますし、その時点で何の知識もなく、あわてて調べることになり、情報の見落としなども増えてしまいます。
もちろん、それまで特に問題はないと思っていたので、意識的に証拠を集める、記録をするなどの活動もしていません。ここで初めて法的に争おうと思っても、その状態では勝てない、となるかもしれません。

また、知ることの中には、過去の事例なども含まれます。同じような事例でどんな解決がどのくらいの時間で行われたかを知っていれば、解決までの見通しが立ちます。もちろんそこまで知らなくても、専門家に相談できれば、専門家がその点についても教えてくれるでしょう。
しかしどこに相談すれば良いのか知らなければ相談できませんし、そもそも相談の対象になることを知らなければ相談につながらないのです。ここでも、まずは問題が存在することを知るのが大切になります。

こんなふうに、まず「自分が何をされたら、訴えたり相談したりできる立場になるのか」を知っていることが、トラブル対応のスタート地点を大きく変えるポイントなのです。
たとえ一言も主張しなかったとしても、知っていることは大きな違いになります。まずはこれを知っておいてほしいと思います。

気持ちの上での効果

もうひとつ、見逃せないのが「気持ちの上での効果」です。
これは分かる人もいれば分からない人もいると思いますが、分かる人にとっては大切な効果です。

「社会人なんだから多少の理不尽は我慢しないといけないのに、逃げてしまった自分はダメだ
「相手に振り回されてしまうのは、自分の意思が弱いからだ
そんな考えになりやすい人たちがいます。
「違法」や「データから見て普通ではない」という客観的な指標は、こんな考えにおちいらないために役に立ちます。

相手が違法なことをしていたのだから、巻き込まれないように逃げるのは正しかった」
「私に起きたのは、みんなが我慢すべき普通のことではなかった」
「私の意思が弱いのではなくて、立場が弱いから起きたことで、この立場は本来法律で守られているんだ」
知ることは、ほんの少し、罪悪感や自責を減らしてくれる、かもしれません。

この効果が要らない人もいます。最初から「相手が悪い、自分は悪くない」と思える人たちです。もしかしたら、引用をいただいた方は、あまり自分を責めたりしない方なのかもしれません。
どちらが良い、悪いということではありません。ただ、理解できなかったとしても、救われる人もいるんだと考えれば、「知ったところで主張しないなら無駄」とは言えないのではないでしょうか。

行政書士は何ができるのか

冒頭で挙げた主旨のもう一点のほうの話です。

そもそも私のアカウントは別に行政書士だけの宣伝をするアカウントではないので、争いになったら弁護士しか役に立たないじゃん、と言われればそれはそう、そのとおりですねよくご存じで素晴らしいです!としか返せません。

ただそれでは、じゃあ行政書士って何のためにいるのよ、となるのも事実。
役立たずじゃないのですよと、ちょっとだけあがいてみます。

実は行政書士会の公式の発行物をはじめ、界隈でよく使われる言葉がまさしく「予防(法務)」なのです。

といっても、下請法に限定すると、そうですね、契約書周り(トラブルが起きにくい契約書をつくる、内容を確認するなど)と、争いを起こす前に内容証明郵便を送るお手伝いくらい、ですかね。
でも、もし下請法違反の企業との関係を続けなければいけない理由がお金だとしたら、他の方法でお金を得るお手伝いはできるかもしれません。融資や補助金の申請、入札参加資格の取得などは、行政書士がお手伝いできる分野です。

また、下請法に限らず広く考えれば、許認可のように「必要であることを知らないと罰せられるもの」でも同様に、知っていることが、トラブルや罰せられることの「予防」につながります。

たとえば食べ物(お菓子なども含む)を販売するには許可が必要ですが、趣味の延長で作ったお菓子を売ってしまう、という事故は想像しやすいでしょう。
無許可でお菓子を売ったらダメだと思う、と気がつく力こそ、私が伝えていきたい「知る」ということの根幹です。気がつきさえすれば、違反行為やトラブルになることを予防して、ちゃんと許認可の申請をしよう、許認可の申請なら行政書士かな、と調べたり、誰かに聞いたりして、たどりつくことができます。問題かもしれないと思うことすらなく売ってしまうことがいちばん怖いのです。

啓発の必要性&まとめ

行政書士も、「許可が必要かもしれない」「もしかして違法かもしれない」と思ってもいない人を事前に見つけてさとすことはできません。行政書士の仕事のうち許認可の数だけでも万単位とも言われますから、ありとあらゆる法令について確認して歩くのは失礼とか何とか以前に無謀です。

こちらからアプローチできないのですから、「この契約書、ダメかもしれない。こっちからも提案を出したい」「このお菓子、売ったらダメな気がする。許可を取ろう」と思った人が、初めて行政書士のもとにやってきます。これは弁護士さんも他の士業もそうです。専門家に聞いたほうがいいかも?と思える知識があって初めて、士業が役に立ちます。だから「争いになったら弁護士だよね」と知っていることは、嫌味でもお世辞でも何でもなく「よくご存じで素晴らしい」のです。

だいぶ長くなってしまいました。
知ることとは「問題があると気づけるようになること」。
私はこれからも、どうでも良かったり良くなかったりする情報を発信します。
どうぞ肩の力を抜いて、主張するかしないか、使うか使わないかにかかわらず、知ることを楽しんでほしいと思います。丸暗記しなくても構いません。ちょっとでも引っかかっていればいつかきっと、役に立つかもしれませんから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?